空間が変調しています

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

フィリピンを特大台風が襲った前後から、
僕等を取り巻く空間エネルギーの質が
顕著に変わって来ています。

人々の集合意識の質の、
ポジティブなものとネガティブなものとの差が、

単に周波数が異なるだけでなく、
次元まで異なって来ているのです。

最近は、朝3時前から、
新春開講のカリキュラムの準備をしているのですが、

一番冷える5時前くらいの時刻に合わせて、
喘息の発作が始まるようになってしまいました。

ただ、寒いという感覚ではなく、
それは、強烈な分離感=エゴです。

想念には時空がありませんから、
どこかで大きな集合意識となったエゴの塊は、
物質世界のウィークポイントを狙って襲って来ます。

日々のウォーキングと水シャワーのおかげで、
今のところ軽い発作で済んでいます。

ちなみに、

発作が始まっても、
「中府」という肺系の気の集まるツボを刺激すると、
呼吸が楽になります。

片時も休まず呼吸をしている肺は、
邪気に曝されやすい臓器ですので、

ここを刺激して、活性化させることで、
肺の周囲の緊張が和らぐようです。

気管支の弱い方は、ぜひ参考にして下さい。

鎖骨の下の面を、
身体の外側に向かって指で辿って行くと
肩甲骨にズボッとはまり込むポイントがあります。

そこから指2本分下に、そのツボ「中府」があります。

指で圧すと、強い痛み感じる場所です。

左右二か所あるそのツボを、
自分で施術する場合は、片側ずつ行います。

腕に力が入ると、そのツボの周囲が緊張するためで、
左のツボを右手で刺激しているとき、
右のツボは緊張しているため刺激できません。

誰かにやってもらうのであれば、
同時に左右二か所を刺激できますが、
かなり痛いのでお勧めできません。

毎朝の水シャワーは、
寒くなった今も相変わらず続けているのですが、

不思議なことに、冷水を浴びると、
喘鳴は一瞬で消えます。

これには驚くと同時に、感動を覚えます。

もしかすると、ステロイド吸入剤より
はるかに即効性があるかもしれません。

日月神示の筋書が現実化しており、
今後益々、エネルギーの質が変わって行くでしょう。

そうなれば、変調に苦しむ人も増えると思いますが、
むやみ医療機関を頼ってはなりません。

過去に例の無いことが、
始まろうとしているのですから、

統計学的なことでしか判断できない現代医学では、
治療の範疇を越えています。

こういうときこそ、自然療法です。

可能な限り自然則に沿った生活を送り、
心身の次元を、地球や宇宙と調和させ、
大難を小難にして、乗り越えて参りましょう。

9月に発刊した新しい冊子も、
きっとお役に立つはずです。

右脳で英語

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

最近、自分自身を陰陽数魂で鑑たところ、

今後、世界の波動を高める活動を通じて、
現れる「敵」は相当に強かな輩であるから、
言語武装を怠ってはならぬ

…との神示を頂戴しました。

実際、今回の岩戸開きに向けて、
身魂磨きと同じくらい、

国を越えたコミュニケーションのために
英語の習得は急務です。

しかし、現実的な問題として、
僕の実力は中学時代に合格した英検3級止まりで、

30代で一念発起して取り組んだ英検2級も、
一次試験に合格することさえ、できませんでした。

当時の僕の仕事は、日本に上陸して間もない
マイクロコンピューターの英語の原文資料を
読まねばならぬ程、英語に囲まれていましたが、

勉強としての英検は、
全然頭に入らなかったのです。

超理科系な仕事をしてはいても、
どうやら僕は、感覚的な部分から記憶し、
応用を始めるタイプのようで、

例えば、キーボードのブラインドタッチは、
完全な自己流であり、

テキストを見ながら矯正しようと試みましたが、
全く治らなかったという事実もあります。

ですから、英語を身に付ける場合にも、
感覚を通じて学ぶ必要があるようなのです。

また、身魂磨きの側面から考えても、
僕たち日本人は、
農耕民族的精神性を活かす必要があり、

それは、言い換えるなら、
季節を感じ、大自然への畏敬の念を大切にした、
出会いを「三」に育てる生き方ですから、

「一」に「一」を加えて「二」にしかならない
左脳指向の学びだけをしていては、

百戦錬磨のオロチたちに、敵うワケがありません。

そんなことを考えながら、
色々と模索している中、
4冊の素晴らしい本に出会いました。

まずは、これです。

中学時代に学んだ80の英単語を、
意味ではなくイメージで、
理解しようという主旨の本です。

例えば「work」は、
「働く」とか「仕事」という意味を、
僕たちは定着させていますが、

この単語の持つ雰囲気は「うまくいく」であり、
働くコトも、仕事も、

そのイメージから派生したものに
過ぎないというワケです。

確かに、読んでいるだけで、
右脳がワクワクして来るのが解ります。

この本で下準備ができたなら、
次は、この3冊セットが役に立ちます。

初版が1945年に発行された、
母国語が英語ではない人々のために書かれた、
絵を通じて英語を学ぶための教材です。

少しずつステップアップして行くのですが、
印象的でシンプルなイラストが、
右脳記憶を助けてくれます。

この4冊を組み合わせることによって、
赤ちゃんが母国語を習得するプロセスが
再現されるようです。

初心に帰って、頑張ろうと思います。

「ゐ」と「ゑ」

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

日月神示を学び始めると、
日本語の持つ力に驚くコトが度々あります。

宇宙創造の四十八の言霊とは、
日本語の五十音から
重複音を省いて「ん」を足したものであり、

この四十八の音を、巧みに操れる言語は、
この広い世界に日本語しかありません。

僕たちは、知らず知らずのうちに、
世界の波動を高めるための大切な言霊を
日々使わせて頂いているのです。

ですから、感謝を携え、
しっかり向き合う必要があります。

さて、日月神示の中では、
随所で「一二三祝詞(=ひふみのりと)を唱えよ」とされており、

そこには、四十八音が全て連なり、
深淵なる意味が含まれています。

しかし、意味を考えるのではなく、
聖なる言霊を丁寧に唱える姿勢が大切なようです。

ひふみ よいむなや こともちろらね
しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか
うおえ にさりへて のますあせゑほ れけ

最後の「け」のあとに、「ん」を足すコトで、
四十八音になります。

読み方についても、
神示の中で丁寧な説明があります。

一二三祝詞するときは、神の息に合はして宣れよ、
神の息に合はすのは三五七、三五七に切って宣れよ。
しまひだけ節長くよめよ、
それを三たびよみて 宣りあげよ。

下つ巻 第七帖

唱えるに先立ち、
まずは、覚えなければならないのですが、

書きながら発音して覚えるのが、
この手の習い事では王道ですので、

昨日の日曜日は、祝詞カードを作り、
写経のように、何度も何度も書き写しました。

そこで、びっくりしたのが、
表題となった「ゐ」と「ゑ」です。

この文字は、「わ」行の「い」と「え」の段で、
発音は「ゐ」が「ウィ=WI」であり、
「ゑ」は「ウェ=WE」となります。

ちなみに「を」は常用しますが、
これも、正確な発音は「ウォ=WO」です。

何十回も書き写してみたのですが、
慣れない発音であると同時に、
書くのも難しいというコトが解りました。

しかし、正確な言霊を使わせて頂く以上、
正しく知り、使いこなす必要があります。

調べてみると、
「ゐ」と「ゑ」も一画で書く必要があるようです。

「ゐ」の字は、
途中まで「み」を書くようにすれば
「る」と間違えることなく、うまく書けます。

問題は「ゑ」であり、
下半分の横に三つ並んだ点のようなものは、

この字の元は「恵」ですから、
「心」という文字の一筆書きであり、

一番右の点のような部分の最後は、
「心」の点と同じく、左へ跳ねるように仕上げます。

普段から、この二文字以外は使っていますが、
これら「ゐ」と「ゑ」については、

全く触れずに生活していますので、
魂を磨く意味でも、
ぜひ練習して使いこなしたいものです。

第二次大戦後、日本語が簡素化された背景にも、
イシヤ(=イルミナティ)の企みが潜んでいますが、

「ゐ」と「ゑ」を生活から消すことで、
日本人に全ての言霊が使えないように
仕向けたのかもしれません。

ぜひ、練習を重ね、すべての言霊を
日本の文化に甦らせたいモノです。

ちなみに、昨日作りました祝詞カードは、
希望される方に差し上げますので、
ひかりあめの店頭でお申し出下さい。

魚を絶つ

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

僕は、これまでの数年間、
肉、卵、乳製品の摂取を一切せずに、
暮らしてきました。

そして、先週の木曜日から、
意を決して魚も絶つことに決めました。

これまでも、魚を食べたとしても、
週に一回程度でしたし、

スープや出汁として使われている動物性素材については、
積極的には食べないまでも、
出して頂いたモノは、頂く姿勢でいました。

しかし今回は、出汁を含めた全てを絶ち、
ついでに添加物や保存料の摂取も、
可能な限り控えるようにしています。

例えるなら、これまでは
温ソバを頂くことはできましたが、

これからは、ソバは食べることができますが、
鰹出汁の掛かったソバは頂きません。

ちなみに、昼食にソバを食すコトは多いのですが、
最近は、昆布を漬け込んだ醤油だけで出汁を作ります。

初めのうちは、物足りなさを感じましたが、
慣れて来ると、そのスッキリとした味に
舌が喜ぶのが解ります。

この完全菜食へのシフトは、
健康管理のためではありません。

日月神示を学べば解りますが、
この先訪れる三千世界の大洗濯の際、

神様が足場とされる場所が、
この現世に必要となります。

その足場となる身体は、
血が穢れていては使い物になりません。

あと、魚を絶つだけで、
神様のお役に立てるのなら、

そして大難を、少しでも小難に変えるための、
微力になれるのならばと思い、
この身体を清めることにしました。

臣民にわかる様にいうなれば、
身も心も神のものざから、
毎日毎日神から頂いたものと思えばよいのであるぞ、

それでその身体を
どんなにしたらよいかと云ふこと分かるであろうが、
夜になれば眠ったときはお返ししてゐるのざと思へ、
それでよく分かるであろうが。

身魂みがくと申すことは、
神の入れものとして神からお預りしてゐる、
神の最も尊いとことしてお扱いすることぞ。

富士の巻第十四帖

その後、たった一週間しか経っていませんが、
乾癬の症状が、極端に静まり出したのです。

これは期待していなかったことです。

確かに乾癬の「癬」という字を見れば、
魚との相性は悪そうな病気ですが、
ここまで顕著に変わるとは思いませんでした。

特に症状の酷かった頭皮が、
爽やかなエネルギーを発しているのが良く解ります。

そして、次のチャレンジは「減食」です。

食物節してこそ、ささげてこそ、
運ひらけるのぢゃ。病治るのぢゃ。
食物、今の半分で足りると申してあらうが。

遠くて近いものヒフミの食べ方して見なされよ。
運ひらけ、病治ってうれしうれしと輝くぞ。

そんなこと位で、病治ったり、運開ける位なら、
人民はこんなに苦しまんと申すが、
それが理窟と申すもの。

理窟悪と申してあるもの。
低い学に囚われたメクラ、ツンボと申すものぞ。

冬の巻捕帖

元々、大食いではありませんが、
以前出会ったこちらの本で、
減食には興味がありました。

ルネサンス期の人でありながら、
102歳を生きたルイジ・コルナロの本です。

この本と、日月神示のエッセンスが
僕の中で何かを言っているのです。

運も開けるそうですので、
迷いはありません。