イメージせず、意識せよ

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

ポジティブに生きるために、
世界中のコーチたちが、色々なコトを言います。

たとえば、「健康になった自分をイメージしなさい」と、
アドバイスするわけですが、

こうしたアドバイスを受けても、
うまく行かない場合が少なくありません。

どうしてでしょうか。

僕はコーチのプロではありませんが、
この指導の仕方では、特に相手が日本人の場合、
上手く行かないのは、ある意味、当たり前だと思うのです。

つまり、日本語が弱いのです。

①健康になった自分を●●する
②健康になろうと●●する

上の2文の●●に、それぞれ、
「イメージ」と「意識」を代入してみて下さい。

何か変でしょ。

①の文には、「イメージ」が相応しいのに対し、
②は「意識」が自然です。

「健康になった自分をイメージする」場合と、
「健康になろうと意識する」場合では、
何が違うのでしょうか。

前者は、頭で思い浮かべるだけなのに対し、
後者は、未来へ向けた、実践と実感が伴うのです。

健康になろうと頭で思い浮かべても、
思っただけで、実践が伴わなければ、何も起こりません。

これが、コーチングの失敗例です。

しかし、健康になろうと意識すると、
何等かの行動を伴う、引き金と成り得ます。

何故なら、なろうとする何等かが、
その人の内側に芽生えるのですから…。

これは、大きな違いですよね。

今、できていないことを達成したいのなら、
イメージするだけでなく、意識せねば達成しません。

こんな、言葉の魔法だけでも、
達成できるか否かが左右されるのですから、

大切な日本語を、
僕たちは、しっかり学びたいものです。

日本語と母音

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

僕たち日本人は、複雑でありながら優雅な言語を、
苦も無く使いこなせる力と文化を持っています。

五十音すべてに母音が絡むことで、
発声するだけで聖なる響きを持つという特徴もあります。

日月神示では、

オとウには、善的、曲線的、陰性、収束性、太陽のエネルギーが、
イとエには、智的、直線的、陽性、拡散性、月のエネルギーが、

そしてアには、これらを統一する役割があると記されています。

実際、母音をしっかり発声すると、
声帯を通じて身体全体が響きますが、

子音だけですと、空気を吐き出す音しかしません。

つまり、母音を正しく使うことは、
身体全体を響かせて、周囲のエネルギーを変性させ、

もっと大きく言うなら、
自然エネルギーと同調し、和合することができるのです。

一二三祝詞を唱えると、
周囲の雰囲気まで良質になるのは、

そういう現象が、
科学的にも起こっているからなのでしょう。

ですから、僕たち日本人は、
日本語と真摯に向き合うだけでも、

世界の波動を高めることのできる、類稀な人種なのです。

音霊や言霊が、日々の生活の中に、
否が応でも滲み込まざるを得ない文化を有していますから、
言葉の遣い方には、慎重であるべきでしょう。

ちなみに、日本語以外の言語に耳を傾けると、
子音だけの音が、とても多いことに気付きます。

僕たちと人種の似た東洋の言語でも、
子音だけの音を連発します。

ロシアなどでは、発音が全て子音の町名もあるほどです。

子音の多い言語は、
大きく発声しないと相手に聞こえませんから、

結果として、自分の意見を、
相手に強く印象付けることになります。

沖縄には、基地の関係でアメリカ人が沢山いますが、
彼らの会話を聞いていると、
かなりの大声でやりとりしているのが判りますし、

観光で来沖する中国人も沢山見かけますが、
彼らの発声を聞いていると、
まるで喧嘩をしているような会話に感じとれます。

日本語を使える外国人ジャーナリストによると、
日本語でしゃべると、自分が温和に、
そして冷静になることが判るけれど、

母国語でしゃべりはじめると感情的になり、
そのせいで、論議や喧嘩では、
ついつい母国語になってしまうのだとか。

バイリンガルの方は、
こんな葛藤を抱えてらっしゃるんですね。

小さな頃から外国語を学んだり、
海外に暮らして日本語を忘れたりするのは、
精神性を高める意味では、良いことではなさそうです。

外国語を勉強するのも良いですが、
その前に、日本語をしっかり固めたいものです。

そういう僕ですが、
ドキュメンタリー映画「スライヴ」に出会って、
未来のために、世界の仲間と繋がらねばと思い、

英語をしっかり習得しようと頑張った時期がありました。

しかしです。

僕が英語の勉強をしようと机につくと、
猫のチアさんが邪魔をしに来るのです。

それも、たまにではなく、必ずです。

凄い顔をして、僕を睨みつけます。

無視して勉強しようものなら、
その大きな身体を使って、
本やノートの上から動きません。

これは一体どういうことだろうと、
ずっと疑問に思っていましたが、

こうした聖なる理由を、
彼女は身体をはって教えてくれていたようです。

レメディの輸入などで、
英語と関わらないワケには行きませんので、

最低限のコミュニケーションができる英語力を維持しつつ、
日本語と、しっかり関わって行きたいと思います。