忘酒のススメ…最終回+1

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

忘酒の連載投稿の最終回で、
この新習慣になって得られた変化を列挙しましたが、

もう一つあった、しかも大きな変化を、
うっかり見落としていました。

それは、体重の安定です。

体重
素材サイトの写真です(笑)

僕の身長は、173センチですが、

忘酒習慣を始める直前、つまり飲酒を楽しんだ最後の数ヶ月間は、
53キロを中心に、2~3キロの体重の振れ幅がありました。

この体重に対しての振れ幅ですので、
割合にして3.8~5.7%もの変動があったコトになります。

脱水性の高いアルコールの摂取によって、
身体の水分量変化が、日々大きかったからなのでしょう。

これが、忘酒習慣の定着した最近では、
51キロを中心に安定しており、変動は殆どありません。

昔の僕を知る人なら、ご存知ですが、

今から四半世紀前となる30代当時、
僕のピーク時体重は、88キロもありました(笑)

BMIで29.4ですから、完璧なメタボ体形です。

意を決した断食系ダイエットで、
標準体重の66キロまで、一年足らずでイッキに落とし、

50歳を境に、エコロジカルな生き方を誓って、
純菜食になりましたが、その影響による体重変動はなく、

2011年の年明けに、日月神示の研究と、
サトル・オステオパシィへの必要性から減食を開始し、
約半年を掛けて12キロ落とし、54キロになりました。

さらに、それまでのアバウトな一日一食から、
完全な一日一食に切り替えたのが昨年末で、

この流れで、53キロへと1キロ絞られ、

そのまま、先月上旬までは、上述の通り、
53キロを中心に、2~3キロの変動を繰り返す日々でした。

3週間前に、今回の忘酒生活へシフトしてから、
1週間程で、さらに2キロ落ちた後は、

心身の重さ、軽さは体感していても、
実際の体重には、変動の無い状態が続いています。

もし現在、真剣にダイエットを考えていらっしゃるのなら、

全体重の42%を削ぎ落とすコトが、
現実的に不可能ではなく、

加えて、実年齢マイナス30歳に返り咲けるという事実を、

ぜひ朗報として受け容れて頂き、
ご自身の身体で挑戦されてみて下さい。

目に見えて結果が出ますので、
その楽しさも、喜びも、計り知れません。

30年/忘酒のススメ…番外編

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます

昨日で完結したはずの連載ですが、
番外編をお届けします。

テーマとなる「忘酒」とは、直接関係無いのですが、
深く関連する内容ですので、

読者の貴方にとって、何かのヒントになればと思い、
投稿するコトにいたしました。

その不思議な瞑想体験は、
2011年の僕の誕生日の朝に起こりました。

先妻の精神科への入退院が始まったのが同年6月で、
9月末の僕の誕生日前後には、

仕事と家事、そして、
彼女の入院先への往復の毎日に疲弊した僕は、
ある意味で絶望しかけていました。

自分としては、メンタルを癒す自然療法として、
最大限に信用していた、

生業でもあった花療法(フラワーレメディ)と共にあった、
僕や彼女であったのにも関わらず、

先妻は、心の病に侵されて、
あろうことか、入院まで余儀なくされたのですから、

そのショックは、想像して頂けるでしょう。

同じ日前後の話題として、
指輪の話しを、以前投稿していますが、

その投稿でも、書きました通り、

ホームページや当ブログ、そして、
Twitter、Facebook、さらにはSkypeのアカウントに使用中の、
こちらのプロフィール写真(↓)は、

ysk

その誕生日当日の午前中、
つまり、後述する不思議な体験の数時間後に、

当時使っていたiPhone4で自撮りした写真で、

絶対にこの壁を乗り越えてみせる!という、
覚悟を込めて撮影したモノです。

モノクロになっているのは、
その日の顔色が悪かったからです(笑)

…で、その日の朝に、何があったか…なのですが、

未明の瞑想中に、
1500年前の前世の僕が登場したのです。

彼は、錬金術師でした。

僕が、過去52000年分の記憶と出会ったのは、
その3年後ですので、

そうした予備知識ゼロだった、この日の僕は、
ただ、ただ、呆気にとられたのですが、

(前世の僕)の来た目的こそが、
今日の番外編の扉を開けるコトになります。

彼、いわく…、

 神様に頼まれた。
 おまえ(つまり、現世の僕)を30歳若くする。

その日、満52歳になったばかり僕を、
22歳にすると言って、彼は消えたのです。

妙なビジョンを観たモノだ…くらいにしか思えず、
そのまま、一カ月程過ごしたのですが、

ある朝、入浴前に体組成計で計測すると、
自分の身体年齢が、妙に若いコトに気付きました。

以前から、十歳前後若い身体年齢で、
そうした事実に、少なからず喜んでいましたが、

その日の体組成計は、マイナス18歳を示したのです。

そして、それからも、
身体年齢は若くなり続けました。

その2年前から、純菜食生活になっていましたが、
食生活の効果の表れとしては、
あまりにも時定数が長過ぎます。

1500年前の僕が、30歳若くする…と言った意味は、
こんなカタチだったんだと、妙に納得していたのですが、

その若年化は、3年後にマイナス25歳で止まり、
同年の年末には、離婚ストレスで酒量が増え、
マイナス23歳に戻っていました。

そして2年後、今年を迎え、3月23日の未明、
動物たちの遠隔治療をする前の準備瞑想中に、

(1500年前の僕)が、再登場したのです。

 神様の計画は完璧だ。
 それなのに、おまえの若年化が止まったのは、
 その理由は、おまえが知っているはずだ。

すぐに、飲酒習慣のコトだと、判りました。

地球の成長をサポートするために、
自然則に沿った生き方を心掛けていた僕でしたが、

唯一出来ていなかった、その飲酒習慣こそが、
僕の若年化を止めていると悟ったのです。

また、今回の連載3日目でも触れたとおり、
時を同じくして、騒がしさの増した、
宇宙の波動を感じていたコトも手伝って、

今回の忘酒習慣を、スタートさせる決意をしました。

以前から、自分の飲酒に関するモチベーションなどは、
充分の研究していましたので、

実践を開始するキッカケが、僕には必要だったのでしょう。

そして、昨日の朝、神様の計画通り、
身体年齢はマイナス30歳を記録したのです。

…で、ポイントは、
この「30」という年数であり、時間の規模です。

数字としての「30」については、
自分の誕生日も30日なので、昔から慣れ親しんでいました。

ですが、30年…となると話しは別で、

この時間の規模は、土星の公転周期であり、
ホロスコープ上の太陽が、
黄道十二宮の星座を、ひとつ横切る時間に相当します。

西洋占星術に関わり出したのは、
その不思議な瞑想体験の3年後となる、
2014年の誕生日直後でしたし、

その瞑想体験直後も含めて、しばらくの間は、
30年の意味など、理解できるはずもありませんでした。

そして、昨年の誕生日、僕はいよいよ土星期を迎えました。

56歳から始まる土星期の15年間は、
一般的には、人生のまとめ時期と言われています。

それまでの人生における、数々の経験を踏まえて、
今世のまとめをする15年間が、始まったのですが、

年が明けて、今年の2月12日のカード・リーディングで、

モーゼのカード

あろうコトか僕は、
モーゼのカードを手にして、困惑していました。

 現状の主導権を握りなさい!

それは、僕の土星期を完全に無視した、
最後の大仕事を予感させるカードでした。

ですが、その2か月後に、30年の若年化が本当に起こり、
これをホロスコープに置き替えるなら、

実年齢は土星期(56歳)なのに、
身体年齢が太陽期を迎えたコト(26歳)になるのです。

太陽は、公の場で生きて行く上での、目的や目標に関係し、

月が「自然体の私」なら、
太陽は「努力して向かおうとする私」です。

これは、ホロスコープ上で太陽が示す方向へ向かって、
成長するべきコトを示唆しており、
持って生まれた才能ではありません。

実は…、

今から30年前、リアルな太陽期を迎えた頃の僕は、
全くと言って良い程、
自らの太陽星座の天秤座らしい生き方とは無縁でした。

天秤の象徴する、社交性は皆無だったし、
他者との調和とは、無関係な生き方に甘んじていました。

仕事が忙し過ぎたのもありますが、
何でも一人で解決しようとしていました。

…と、同時に、

プライベートに大きな問題を抱えていたため、
その解決のために奔走し、30代の記憶が殆ど無いのです。

今回、現実のモノとなった30年の若年化は、
僕に、もう一度太陽期、火星期、
そして木星期さえも経験させてくれると同時に、

最後の大仕事…、
ミロク世に向けた世の建て直しのために、

神様から頂いた、
自身本来の人生とは別枠の30年間であって、

今の僕は、そのためにであれば、
この奇蹟を、喜んで活かしたい!、
捧げたい!という気持ちで、満ちています。

あの不思議な瞑想体験からの5年間、
色々なコトが重なりましたが、

今やっと、一つに繋がり、

自分の使命に対して、限りなく忠実に生きるコトが、
可能になった気がするのです。

忘酒のススメ…最終回

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

連載の最終回となる今日は、
忘酒生活で、何を得たかについてお話しします。

忘酒のススメ♡

ひかりあめのホームページには、
「宇宙と調和し真の健康を得るためのメール講座」への、
お申込みリンクがあります。

ひかりあめ11周年を記念して、
昨年の10月22日に開設して以来、

今日までに、87名の方が受講されました。
有難うございました。

この講座では、

真の健康を得るための、
自然則に沿った生き方を、読者の皆さんに提案していますが、

そんな「真の健康」とは、3次元的な心身に留まらず、

多次元意識体としての自己を、3次元惑星地球において、
最良の状態にするための方法として、ここでは紹介しています。

取り上げている自然則は、A~Zまで26項目あり、
9日間かけて、その内容をメールでお届けするのですが、

出来るところから、生活様式をシフトして頂ければ、イイな、
…という願いが、この講座全体に込められています。

A・なぜ、現代医学や栄養学では、真の治療に至らないのか
B・生命は食べた物でできている
C・自然療法を効果的に活かすための前提
D・霊症は、霊能者や宗教では解決しない
E・動物性食品の摂取に関して
F・精白食品の摂取に関して
G・水分摂取に関して
H・添加物や保存料の摂取に関して
I・炭酸飲料について
J・加工食品の摂取に関して
K・野菜や果物の種子に関すること
L・喫煙について
M・飲酒について
N・脊椎を柔軟にする、日々の運動について
O・座位について
P・排毒の重要性
Q・主食を玄米に
R・朝食断食と少食の勧め
S・腸内環境を整える
T・抗酸化力の高い食品を摂取する
U・治癒力を高める食材を活用する
V・地産の食材を活用する
W・アレルギー体質の緩和のために
X・植物性オイルの選び方と使い方
Y・フラワーレメディが、生活スタイルのシフトを応援するワケ
Z・今を生き、人生を好転させるには

これらの内容の中で、飲酒に関する「M」の項目だけが、
僕に残った最後の課題でした。

ちなみに、この講座を執筆した時点では、
グルテンフリー生活は、視野に入っていませんでしたので、

実際に取り組んだ内容は、1つ多い、27項目に及びました。

その、26+1項目もある中で、わずか1項目でしたが、
中途半端な達成に終っていたのは、

半世紀も前から大好きだったお酒を、
止めたくない!手放したくない!…という思いが、

最後の最後まで、根強く残っていたタメだったのです。

ですが、逆に言うなら、
僅か1項目を残して達成していましたので、

1項目くらい残っている方が、
人間らしくてイイだろう…的に捉えてもいました。

元々、家の外で飲むコトや、
深酒は嫌っていましたので、

理性的な飲酒を、ある時期までは続けようとさえ、
思っていたのです。
※計画では、土星期折り返しとなる62歳まででした

ところが、連載のその3で、お伝えした気付きをキッカケに、
今回の忘酒生活がスタートし、

そして、まだ半月を越えたばかりなのですが、
あんなに大好きだったお酒のことを、

思い出すコトもないという、不思議な感覚の中で、
毎日楽しく生きている、僕がいるのです。

これが、巷に横行する「禁酒」や「断酒」の生活だったら、

つまり、自分を制御しようとする生活だったなら、
何かのストレスをきっかけに、
また、飲酒をはじめるコトになったでしょう。

こうした負の要因を、全く感じさせないのが、
忘酒生活の素晴らしい点です。

忘れる…とは、顕在意識から失うコトですが、
脳の機能として忘れるのではなくて、

他に、飲酒より格段に魅力的なコトがあるので、
飲酒という習慣を、忘れてしまっているワケです。

実は今日、記念すべきコトがありました。

これまでも…、
つまり、25項目を達成していた僕の身体は、

わが家の体組成計による計測では、
実年齢より23歳若い、33歳だったのですが、

今朝の計測では、何と実年齢より30歳も若い
26歳まで若年化していたのです。

ゴボウ茶ブームを作った南雲医師の記録を、
軽々と越えちゃいました(笑)

\(^o^)/

飲酒という行為は、
少量なら血流を促進するとも言いますが、

実際には、
「酔いを味わう」まで飲酒をすれば、

肝臓に負担をかけ、
血液内は酸欠状態に陥り、

身体の末端に、良い血液が届かなくなります。

ですから、皮膚や髪に、必ず影響が出ますし、
血流にも、何等かの問題が起こっているはずなのです。

そのため、

今回、忘酒生活に取り組んでみたところ、
驚くような変化が沢山起こったのです。

・血圧が20~30下がった

以前の最高血圧は、115から125の間でした。
今では、95~100の間に落ち着いています。

そのため、副交感神経優位な状態になりやすく、
好きな時に瞑想状態になったり、

遠隔治療やアストラル・トラベル、
そしてオステオパシィ施術にも有利な身体になりました。

・キズの治りが早い

先週の火曜日に、右手の親指を深く切ってしまったのですが、
4日目には、傷口が気にならぬ程に、蘇生していました。

・頭皮乾癬が消えた

3月に入ってすぐ、悪化した頭皮乾癬を癒すために、
髪をばっさり切って、頭皮の風通しを良くしたのですが、

ゆっくりとした改善は、見られたものの、
同月下旬に忘酒生活にシフトしてからはドンドン癒え、
今では確認するコトさえ困難です。

・肌のキメが細かくなった

特に顔面の皮膚を、手で触るのが楽しくて仕方ない程、
肌のキメが細かく、ピチピチになってしまいました(笑)

・身体年齢がマイナス30歳になった

これは、既に書いた通りなのですが、
体組成計によると、体脂肪数値に大きな減少がありました。

また、以下は身体の変化ではなく、生活の変化です。

生活レベルの変化は、一つだけですが、
その僅か一つが、大きな効果を産んでいます。

その変化とは、夕食後が有意義になった!というコトです。

以前は、夕食時に酒を飲んでいましたので、
食後には、酔いのレベルにもよりますが、

当然、ドライブなど出来るワケがありませんし、

大した酔いでなければ、
読書も楽しめるかもしれませんが、

酔った勢いで読んだ本で、何を学んだかは疑問です(笑)

忘酒生活にシフトしてからは、
思い立ったら、いつでもドライブは出来るし、

好きな本を、就寝まで読むコトも出来るし、

親しい友人と、チャットや電話でコミュニケーションをしても、
酔っていないので、真面な遣り取りが可能です(笑)

将来は、この時間帯で、
新しい著作を書くコトも出来そうです。

僕は、この忘酒生活によって、

マイナス30歳にも及ぶ身体的若年化の他に、
生活水準が格段に向上したため、

もはや、飲酒によって、
それらを失うなんて、考えたくもないのです。

無茶苦茶、健全な理由ですよね。

まさに、飲酒生活を忘れてしまったんです(笑)

今回の5回に渡る連載が、読者の貴方の若年化や、
生活水準の向上に貢献できれば幸いです。

ぜひ、貴方も、
忘れちゃって下さい(笑)

忘酒のススメ…その4

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

昨日の定期更新が出来ず、
大変申し訳ありませんでした。

ひかりあめも、

治療所としての新たなステップアップが、
いよいよ始まったようで、

これからも、このようなコトは、あるやもしれません。

音沙汰無いのは良い知らせ…とも申しますので、
今後、ブログ更新が遅れた場合も、

気長にお待ち頂けると、有難いです。

連載4回目の今日は、

お酒の大好きな僕を、忘酒生活へとシフトさせた、
ある飲み物のお話しを、させて頂きます。

飲酒習慣…という言葉があるくらい、
習慣化しやすいのが、飲酒や喫煙なんですが、

ある時、

いったい自分は、どんなシチュエーションになると、
飲酒を切望するのか、分析してみたのです。

もちろん、ストレスに翻弄された時は、
容赦なく、そんな状況になりやすいのですが、

僕の場合の、最も飲酒したくなる瞬間は、
ポジティブな環境でも起こっていました。

一日の仕事が終わって、治療所を閉め、
治療の記録と帳簿への記載を終えたあと、

大好きな料理をするために、キッチンに立った瞬間、
一杯の酒を、強く望んでいるコトに気付いたのです。

それも、刺激のある飲み物です。

アルコールの度数が強いとか、炭酸が強いなど、
ある程度以上の刺激によって、

仕事モードからプライベート・モードへと、
心身のスイッチを、切り替えたくて仕方ないようなのです。

そこで、考案した飲み物がこちら。

特製ドリンク

良い子は、マネしないで下さいね(笑)

氷水に、タバスコをふたふりし、
レモン果汁を小さじ1加え、軽く掻き混ぜたモノです。

このレシピに、目を点にしている、
そんな貴方が想像できます(笑)

ちなみに、水の代りに、
炭酸水を使うと、さらなる刺激が楽しめちゃいます。

この一杯の満足感は、
僕にとっては感動モノでした(笑)

強い飲酒への欲求が、
タバスコのインパクトで、吹き飛んでしまうのです。

忘酒の始まった、最初の数日は、
このドリンクを、2杯楽しんでいましたが、

いつの間にか、1杯で充分になり、
最近では、飲まなくても平気な日もあります。

何等かの刺激で、自分にとって必要なオンオフを、
明示してやるコトが、実は大切なのだと言う事実を、

このエピソードが証明していますよね。

このように、酒、たばこ、菓子類等の嗜好品を、
必要とする瞬間の自分の心理状態を知るコトが、

こうした嗜好品を「忘れる」ための、
大きな立役者となるようです。

→明日に続く

忘酒のススメ…その3

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

忘酒に関する連載の3日目は、
酒の持つ「力」について考えます。

宇宙からのメッセージ

蒸留酒等の度数の高いアルコールを、
「スピリッツ」と呼びますので、

精神性(=spirit)との何等かの関わりを、
伺い知るコトが出来そうですよね。

人によっては、アルコールのもたらす陶酔感が、
高次の自己との繋がりを促進させる…

…ようなコトを、言われているようですが、

それは、肉体的身体のすぐ外側にある感情フィールドが、
エゴに翻弄されて、大きく揺れている人が、

酒の「力」によって、
そのフィールドの緊張を弛めるコトに成功し、
魂への扉を、一時的に開いくコトが出来た!

…と考えた方が、僕は現実的と感じます。

なぜなら、僕の経験上、

多次元とのコミュニケーションが、
アルコールによる陶酔のせいで途絶えたコトが、
過去に何度もあるからです。

ですが、そういう時は、
当たり前ですが、酔っていますので、
今は、まあイイや…と思ってしまいます。

飲酒のせいで、自分にも甘くなっているし、
多次元からの大切なメッセージを、
翻訳するのも面倒にもなりかねない…、

それが、「酔っている時」と言うモノです。

もちろん、これは、
万人に当てはまるコトなどとは、決して申しません。

ですが、少なくとも、僕はそうでした。

ですので、昨年末くらいから、
宇宙が騒々しくなって来たコトに対して、
ただ漠然と、受け身の姿勢でいたのですが、

先月末に、その騒がしさが尋常ではなくなり、
※ハーモニー船団なども関係したのでしょう

これは、自分の多次元感覚を、しっかり磨かなければ、
僕のツトメが成立しないぞ!と、
追い詰められてしまったのです(笑)

そして、これこそが、昨日の投稿でお話しした、
酒では味わえない、さらなる良い体験…を意味しており、

その体験を優先させるために、酒に対するイメージを調整し、
忘酒習慣を実践させるに至ったのです。

実際に、それがどんな体験で、
さらには、どんな変化があったのかについては、

この連載の最終日にお伝えしますが、

忘酒に成功して、
心身の浄化がワンランクアップするだけで、

何気ない瞬間、瞬間の中に潜む、
宇宙からのメッセージを感じるコトができます。

以前なら、瞑想などによって、
意識せねば出来なかったコトが、

忘酒の新習慣と共にあるだけで、
直感のポジティブな感度が高まり、

気負うコト無く、
それらを生活に活かせる
ようになるのです。

これは、かなり便利です(笑)

定休日明けとなる金曜日には、
僕が嗜好品を必要とした瞬間の心理傾向と、
その対策に考案したドリンクについて、お話ししますね。

→金曜日に続く

忘酒のススメ…その2

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

昨日の投稿では、過去の僕が、
どれだけ酒を愛していたかについて、
半世紀も遡って(笑)、お話ししました。

そして、そこまで好きだった酒を、
簡単に忘れるコトが出来たのは、

ひとつは、嗜好品に対するイメージの調整に、
成功したコトが鍵だったと確信しています。

それは、イメージの調整であって、制御ではありません

昨日の投稿でも、サラッと触れていますが、
酒やタバコ、砂糖などと向き合う際に、

「禁」、「断」、「撲滅」のような言葉を多用しますよね。

ですが、僕の生業である調和療法の観点では、
この言葉遣いを選んだ時点で、

禁煙にしろ、断酒や断糖にしろ、既に失敗しています。

なぜなら、自分を制御しようとしており、
調整しようとしていないからです。

ローマ帝国

ヨーロッパ大陸の殆どを征服したローマ帝国は、
その膨大な勢力で、諸国を制圧しました。

武力や宗教による制御でした。

出る杭を打つ姿勢…が、制御の基本です。

ですから、打たれた杭は、復讐を誓うコトになり、
スキを衝く奇襲を企てる結果を生みます。

実際、ローマ帝国の滅亡は、
呆気ないモノでしたよね。

さて、

毎年、年末年始になると、
警視庁の号令の下で、飲酒運転撲滅運動が展開されますが、

どんなに罰金が高額になっても、
飲酒運転は無くなりません。

検問や罰金などで、法律の力で杭を打っても、
打たれた杭が何も学ばないのは、

抑圧された自分を解放したい気持ちが、
無意識側に芽生え、奇襲を企てるからです。

この場合の奇襲とは、
車を持っているにも関わらず、
飲酒に走らせる愚行のコトです。

頭では判っているのに、飲んでしまうのは、
まさに、奇襲の生んだ結果でしかありませんよね。

毎年、旬のアイドルを起用して、
飲酒運転撲滅運動のための、
「ダメ、絶対!」ポスターが作られますが、

せっかく、お金を掛けるのであれば、
飲酒運転撲滅運動としてではなく、
飲酒をせずに帰宅したくなる運動にすれば良いのです。

個人的な趣味で申し訳ありませんが、

女優の松嶋菜々子さんあたりの、
女性の美しさも、そして艶やかさも、
その双方を兼ね備えた人を起用して、

「おうちに帰って、一緒に飲もうよ」的なポスターにしたら、
どれだけ、世のお父さんたちが喜ぶでしょうか。

こうした姿勢が、イメージの調整なんです。

楽しいコト、嬉しいコトは続けたいけれど、
辛いコト、楽しくないコトは、
一刻も早く止めたいのが人間ですから、

こうした心理が理解できない限り、
いかなる運動も失敗の連続となるコトは、
目に見えています。

今回の僕の忘酒への取り組みは、

こうした流れを汲み、
酒に対する自分のイメージを、
良い状態に保ちつつ、

自分の生活週間の中から、飲酒を排除するのではなく、
良い思い出はそのままで、飲酒の習慣を忘れてしまおう!

…というスタンスなのです。

つまり、忘酒を成功させるためには、

自分の酒に纏わる良い思い出を大切にし、
でも今は、その必要を感じない…という状態に、
自身の嗜好をシフトさせるコトが大切なのです。

貴方にも、大切な思い出があるはずですよね。

その思い出を、一生、楽しく、
そして微笑ましく語りたいでしょ。

6歳の男の子が、コップ酒をイッキに飲んで、
翌朝まで笑顔で寝込んでしまった話しは、

僕の中では、最高レベルの素敵な思い出です。

もしこれを、禁酒、断酒のスタンスで振り返ると、
どうして、こんな子供だったんだろう!と、悲しくさえなりますが、

忘酒の場合、良い思い出はそのままに、
もしくは、それ以上に、その思い出を大切にする…、

例えば、その思い出を傷付けるような意識の向け方を、
絶対にしない方法を摂るワケです。

今の僕は、魂の成長を促す年代なのだから、
良酒たちと歩んだ、楽しかった過去は大切にして、
これからは、酒では味わえない、
更なる良い体験をしよう!

…と決めた、タダそれだけのコトであって、
これこそが、イメージの調整です。

この決心の言葉の中に、
ネガティブな波動は微塵もありませんよね。

だから、難なく続いているし、
飲酒習慣に戻ろうとする気持ちが、
不思議なくらい、芽生えさえしないのです。

→明日に続く

忘酒のススメ…その1

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

この日の記事や、先週発刊のメルマガで、
僕が新しい生活習慣をスタートさせた点に触れ、

その内容を明らかにしなかったせいで、
多くの方から質問されるハメになりました(笑)

その新習慣ですが、
結論から言うなら、

飲酒をきっぱり止めたのです。

忘酒のススメ

禁酒…とか、断酒…とかでは、
どこか禁欲的で、響きが良くないので、

あえて、「忘酒」というスタンスで、向き合っています。
※ボウシュ…と読みます(ゆうすけ造語)

かつての僕の、プライベートな側面をご存知の方なら、
僕が飲酒を忘れるはずが無い!

…と、きっと断言するコトでしょう(笑)

それくらい、僕と飲酒との縁は深く、
そんな僕なのに、飲酒習慣を忘れるコトが出来た背景を、

何回かに分け、
当ブログにてお伝えするコトにいたしました。

そうは言っても、飲酒と離れた期間は、
せいぜい2週間程度ですので、

きっと、また飲み始めるだろうと、
特に古い知人を中心に、予想もされていると思います。

ところが、禁欲的に「断った」ワケでも、
健康面で「禁じた」ワケでもなく、

その習慣を「忘れる」ことが可能になったコトで、

実にスッキリ、飲酒習慣から離れてしまっており、
かつての習慣に戻る気配を、これっぽっちも感じないというのが、

今回の忘酒の大きな特徴です。

今日の投稿では、僕がどれくらい、
飲酒を愛していたかについて、お話ししましょう。

これだけ愛していたのに、
忘れるコトが可能だったという点がミソですので、

これから、僕の後に続こうという方は、
ぜひ、参考にして下さい。

それは、今から半世紀前、6歳の夏休みのコトでした。

埼玉の小学校に通っていた僕でしたが、
その夏は、母親の実家のある、大分県の中津にいました。

どこへ行っても、一人遊びの好きな子供でしたが、
その時も例外なく、一人で野山を走り回り、
喉をカラカラにして、母親の待つ家に走り込みました。

すると、玄関土間から上がった段差に、
手拭いを肩に掛けた、近所のオジサンが腰掛けており、
何かを待っている様子でした。

そんな、おじさんの目線の先から、
お盆を持った祖母が現れ、

お盆の上には、ガラスコップに注がれた、
それはそれは、美味しそうな飲み物があったのです。

祖母は、お盆にのせた飲み物を、
オジサンの前に、そっと置いたところ、

喉がカラカラだった僕は、
それを横取りして飲み始めたのです。

祖母とオジサンは呆気にとられ、茫然と僕を見守る中、
僕はそれを、グイグイと飲みました。

冷酒だったのです。

ひと口飲んで、水では無いコトは、
幼い僕にも判ったのですが、

普通の子供なら吐き出すはずが、
僕はそれが、美味しくて、美味しくて、
もはや止めるコトなど出来ませんでした。

息継ぎもせず、コップ一杯の冷酒を飲み干した僕は、
そのまま、玄関土間に仰向けで倒れたのですが、

何とも、幸せそうな顔をしていたのだとか(笑)

少しの発熱は、あったものの、
嘔吐などは全くせず、そのまま翌朝まで眠り続けた僕の、

その将来は、間違いなく酒好きになるだろうと、
家族は、誰ひとり疑わなかったと言います(笑)

そんな過去の、風変りな思い出の他にも、
高校から大学へ進学する際、

自分の町工場を継いで欲しい父親の目を盗んで、
農業大学の醸造学部の願書を取り寄せて、
見つかって父親に破り捨てられるなど、

単に、嗜好品としての酒が好きなだけではなく、

酒を造りたい!、酒に関わりたい!、
…のようなモチベーションも携えた、

超熱心な酒ファン、特に日本酒のファンだったのです。

そんな僕が、

大好きだった飲酒習慣を「忘れる」に至った経緯を、
明日以降も、綴って参ります。

そして、その新習慣による恩恵を、
どんな形で受け始めたかも、
最終話ではお伝えいたします。

どうぞ、お楽しみに…。

→明日に続く