58歳になりました

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

かなり、久しぶりの投稿です。

数々の変化を感じ、
そんな流れを味わっているうちに、
あっという間に一ヶ月経っていました(笑)

そして昨日、9月30日、
満58歳の誕生日を迎えたのですが、

偶然にも同日のご利用者様の一言に、
大切な気付きがありました。

まさに、バースデー・ギフトでした。
本当に有難うございます。

写真は、昨晩頂いた、
バースデー・ケーキです。

ときはやさんの麻の実カンパーニュに、
水切り豆乳ヨーグルトと、
漉さないこしあん、
そして生の胡桃をサンドしたものです。

僕は小麦を食べられませんが、
この店のパンは大丈夫で、
最近は月に2回ほど利用しています。

そして、謎の「漉さないこしあん」ですが、
意味不明なネーミングですよね(笑)

こちらは、後日あらためて紹介しますね。
美味しくて、素敵な一品です。

…で、話しを本題に戻して…、

その気付きの全容をご説明すると、
連載記事になってしまいそうですので、

お伝えしたいコトを短くまとめてみました。
それは、以下のとおりです。

ここ、ひかりあめは、
調和療法をご提供する治療所ですが、

ひかりあめの調和療法においては、
治療だけが、その役割ではありません。

病気や疾患を、処置や手技、
問診や投薬などによって、
元気な状態になって頂くコトを、

一般的には「治療」と言いますし、
これは疑いようのない事実なのですが、

元気な人を、
より良い状態に引き上げられるのも、

ひかりあめの調和療法においては、
大切な役割
なんだ…

…というコトです。

ひかりあめの代表格でもある、
フラワーレメディを例にご説明しますね。

ネガティブな心理状態を調和させて、
心身をニュートラルな状態に導くコトが、
フラワーレメディの大きな役割なのですが、

実はこれ、フラワーレメディの担う力の、
30%程度でしかありません。

フラワーレメディをご存じな方なら、
そんなバカな!と思われたコトでしょう。

種を明かしますね(笑)

セブン・ヘルパーズと呼ばれる7つのレメディは、
元気な状態のときに利用すると、

ご自身の心の癖と向き合ってみようと素直に思え、
等身大の自分と自然な形で付き合えるようになります。

元気でないときは、
酷く頑固だったり(オークやロックウォータ)
過剰に寂しがりだったり(ヘザー)
絶望的になりやすかった自分(ゴース)が、

元気なときに、
同じレメディを利用することで、

そうした自身の心的な傾向を認めて、
いつもなら、そんな反応をしそうな自分の瞬間に気付いて、
普段とは違う反応を試してみたくなるのです。

そして、こんなのもアリか…と、
なぜか納得してしまう。

つまり、人間の奥行が広がるワケです。

また、トゥエルブ・ヒーラーズと呼ばれる12のレメディは、
元気な状態のときに利用すると、

瞑想や夢などを通して、
多くの気付きをもたらしてくれます。

元気でないときは、
猛烈にせっかち(インパチェンス)だったり、
石橋を叩いて渡らなかったり(ミムラス)する自分が、

元気なときに、
同じレメディを飲んでみると、

短所(陰)の反対側にある長所(陽)に気付き、
陰陽の双方を認めるコト(バランシングする)を通して、
自己肯定感を高めてくれます。

そのため、瞑想や睡眠の質も高まりますので、
自動的に心身波動も高まります。

ステキでしょ。

これは、サトル・オステオパシィでも言えます。

調子の悪いときの施術は、
不調を緩和させるだけになりがちですが、

元気なときのサトル・オステオパシィでは、
良質な弛緩によるリラックスのもたらす、
無意識の浄化を体験でき、

丁度、元気なときに利用するトゥエルブ・ヒーラーズのように、
何だか自分が好きになってみたりするのです。

いかがでしたでしょうか。

不調を手放すだけでなく、
自分らしさをバージョンアップさせ、
益々輝く存在になる。

ぜひ、そうしたハッピーな目的のためにも、
ひかりあめの調和療法をお役立て下さい。

…というわけで、
58歳になりたての、幸せなゆうすけでした。

(^-^)/

チャンス!

ひかりあめのゆうすけです。
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天候に問題の無い限り、毎朝、
自宅前の通学路のゴミを拾う僕ですが、

もう、7年目ですので、
当初、小学生だった子供は中学に進級し、

中学生だった子供は、髭をはやし、
顔見知りのお年寄りは、シワが深くなり、

などなど…、

興味深いタイムラインの中で、
充実の日々を過ごしています。

当然、僕も年齢を重ねていますが、
菜食や減食のおかげか、
体力も、見た目も、殆ど変っていません。

それは、さておき、

7年経った今でも、
こうして、誰かの捨てたゴミを、
拾う僕のコトを、

気の毒な人として、
観る方も少なくありません。

確かに、煙草を吸わない僕が、
ポイ捨ての吸い殻を、一つ一つ拾っています。

コンビニとは無縁の僕が、
惣菜袋やアイスのバー、カップ麺の容器を、
分別して拾っています。

子育てを終えた僕が、
使用済みの紙オムツを拾っています。

ですが、この一瞬一瞬は、
僕にとって、

成長のチャンスでしかありません。

以前にもブログで書きましたが、
一つゴミを処理する度に、
僕の中の何かが、
成長している実感があるので、

朝の、この小さな習慣は、
やめられないのです。

捨てられたゴミたちも、
拾われた瞬間に、
肩の荷を下ろしたように感じるし、

地球の波動が、
ほんの少し上がるのも判ります。

とにかく、僕は地球が大好きだし、
最後の3次元人生を大切にしたいから、

きっと、超次元に帰る前日まで、
ゴミを拾い続けるんでしょう。

ぜひ、貴方も、ご一緒しませんか?

初めての金繕い

ひかりあめのゆうすけです。
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お気に入りの陶器を欠いてしまい、
ガッカリしていた僕に、

 「金繕い」で修理できるかも…

…と、丁度、その場にいた、
パートナーが、ポツリと言いました。

「金繕い」は、
かつて耳にしたコトのある単語でしたが、

漆と金箔を使う、
プロの技法と記憶していたので、
随分、敷居の高い助言だなと感じていると、

彼女からは、

 エポキシパテと、アクリル絵具で…

…のような、目から鱗の助言が続き、

その内容に呆気に取られながら、
インターネットで調べてみると、
確かに、そんな修繕方法が見つかったのです。

欠けた破片を、瞬間接着剤で固定し、
足りない部分を、エポキシパテで埋めて、

乾燥したら、カッターや紙ヤスリで仕上げ、
最後にアクリル絵具で塗る…という、

僕にでも、何とか出来そうな内容でした。

さっそく、画材屋に出向き、
金繕いにマッチしそうな
アクリル絵具を見つけました。

正確には、それはアクリルガッシュと言い、
光沢の無いアクリル絵具だそうで、

これを教えてくれたのは、
開邦高校の美術科を卒業した次女でした。

助言に次ぐ助言に感謝しつつ、

ホームセンターで、エポキシパテを購入し、
まずはパテ埋めをしました。

初めての経験でしたので、
山盛りでパテ埋めをしてしまい、
そのまま乾燥させました。

30分程で硬化すると書かれていましたが、
念のため、一昼夜乾燥させました。

そして翌日、カッターと紙ヤスリを使った、
大汗を掻きながらの研磨作業が待っていました。

この、余分なパテの研磨だけで、
一時間以上費やしてしまいました(笑)

ココで学んだ大切なコトは、
エポキシパテは、
最小限の使用量にすべき!と言う教訓です。

案の定、研磨疲れしてしまい、
最後の塗装に取り掛かれたのは、
その数日後でした。

さらに助言は続き、
アクリル絵具を良く知る次女から、

 この画材は、乾燥が超速いので、
 牛乳パックのような、
 遣い切りのパレットを用意し、

 使用後の筆は、
 さっさと洗うように!

…と、五寸釘を刺されての、
チャレンジとなりました。

当然、純菜食者の家に、
牛乳パックはありませんので、

厚手で小ぶりのビニルシートをパレット代わりにし、
震える筆先をなだめながら、
金箔で補修しているつもり!で描きました。

特に右の器は、完全に割れていたので、
初めての経験にしては、
難易度の高い筆さばきが、必要となりました。

この一連の金繕いを終えて、
つくづく感じたのは、

工程が進む程に、愛着が深くなったコトです。

愛しい器が、さらに愛しくなった、
実りある経験となりました。

二人からの貴重な助言に、大感謝です。

桜咲く

ひかりあめのゆうすけです。
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地元の緋寒桜も旬を迎え、
小さな枝振りの木々にピンクの花が沢山咲きました。

去年の年末から、チラホラと咲き出し、
ここへ来て、ようやくの満開です。

ついに、彼ららしく咲いたのです。

そんな桜たちの咲き誇る、
今朝のウォーキングの途中、

その美しさに、
涙している僕がいました。

嬉しさと、
はかなさと、
愛らしさと、
哀しさ、

それは、これらが混在した情動で、
その複雑さを例えるのは、実に困難です。

その美しさに、
涙目で見惚れていた僕は、

その背景に、
調和療法家として生きる、
自分の姿を重ねていました。

病院へ行くと、

ドクターは患者さんの顔は見ず、
電子カルテに向き合って、
診察する風景に出くわします。

表面的な症状を緩和させるだけですから、
患者さんから情報を聞き出して、

症状に見合った処方を、
一刻も早く出そうとする姿勢であり、

それは、実に合理的な姿です。

一方、ひかりあめでの治療は、
例えそれが、非来所の遠方の方であろうと、

利用者様の声を、
時間を掛けて傾聴し、
日々のケアを提案しますので、

医療における「聞く」と、
ひかりあめの「聴く」には、
雲泥の差が生じます。

特に僕は、蠍座に木星を持っていますから、
無意識経由でも繋がろうとします。

つまり、五感で向き合うだけでは、
済まないのです。

だからこそ、判るコトも多々あり、
治療計画を立てる際にも、
そして、実際のケアを進める上でも、
そうした繋がりは、大変役立つのですが、

こうした治療を通じて、
利用者様が元気になれば、
ひかりあめから旅立たれ、

変な言い方なんですが、
その都度僕は、胸が苦しくなるのです。

深い情動の世界で繋がった分、
旅立たれてしまったコトに、
ある種の寂しさを感じるからでしょう。

そう思うと、患者さんを見ようとしない、
病院のドクターの姿勢は、
情動レベルで何も共有しませんから、

彼らは苦しまずに済み、
これも、合理的な姿なのかもしれません。

ひかりあめを利用された方が、
その方らしく咲く度に、

嬉しさと、
はかなさと、
愛らしさと、
哀しさ、

まるで、咲いた桜への想いと同じ、
複雑な気持ちを抱くのですから、
蠍座の木星は大変です(笑)

もちろん、それは、
自分で選んだ「今」ですから、
それで良いのであって、

時空の狭間で、自らの立ち位置を探す、
ミッドヘブンに重なった山羊座の土星の波動を、
味わい尽くすべきなのでしょうね。

サイキックな木星に、
リアル過ぎる土星を持ったのですから、

現世を治療家として生き抜くためには、
こうした葛藤を楽しめる人間へと、
成長する必要がありそうです。

仕事納め、そしてお知らせ

ひかりあめのゆうすけです。
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今日は、仕事納めです。

セッションの合間に、
治療所フロントの什器をリペイントしました。

実は、ひかりあめにある什器は、
その殆どが、僕の手作りです。

この写真に写っている範囲は、
少なくとも100%手作りの設備ばかり(笑)

2009年に、バッチセンターに行ったのですが、
そこにはエドワードの手作りの家具が並んでいて、

彼の作った机や棚は、
ウォルナットの樹液で塗装してあり、
僕の作った什器と同じ仕上げで、驚きました。

ですが、仕上げの細部を良く良く見ると、
彼の大工仕事は、かなり大雑把で、
僕の乙女座の月の合格ラインには、
到底届きませんでした。

 フフッ、勝ったな…。

8年前の僕は、
そう、密かに思ったのでした(笑)

さて、お知らせです。

今日のメルマガでも、軽く触れましたが、
年明けから、かなり面白いセッションを行います。

年明けは、6日からの開所となりますが、
その日の週刊メルマガとブログで、
新セッションの詳細をご案内します。

もう、面白過ぎて、
超ワクワクしてます(笑)

対面、もしくは、
対話アプリによるセッションとなりますので、
遠方の方でもご利用頂けます。

楽しみにお待ちください。

苦手、苦手(T_T)

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

ブログ更新、滞ってますね(笑)

最近は、古典占星術の勉強に没頭してます。

早起きしても、したりなくて、
朝2時頃から起きて勉強してます。

アラームは、例によって、
「3時33分」に仕掛けたままですので、

勉強している途中で、
ベルがなります(笑)

勉強のし過ぎで、右肘を傷めてしまいましたが、
傷めたコトも気付かなかったくらいです。

そんなんですから、

今日はついに、右手が痺れていて、
さすがに家事に支障をきたしてます。

勉強となると、
程々にできないんですよね、僕。

火星と水星が、重なってるからかなぁ。

実は僕、ハロウィンが苦手です。

ハロウィンが苦手です…

会社員時代から転勤が多く、
色々な地域で暮らしましたが、

この沖縄ほど、
熱心にハロウィンを祝う地域は初めてです。

僕の住む村でも、
本格的なデコレーションを
施す家が何軒もあって、

朝のウォーキングコースの途中のお宅なので、
仕方なく、目を瞑って通り過ぎてます。

なぜ、あんな、
オドロオドロしいデコレーションで、

「ハッピー、ハロウィン!」なのか、
僕には理解できません(笑)

もちろん、個人の自由ですので、
ハロウィンを支持される皆さんには、

これからもドンドン祝って頂きたいですが、

沖縄に暮して16年経った今でも、
僕のハロウィン免疫力は、ゼロのままです。

そして、ハロウィンが終ると、
今度はクリスマス一色になって、

それはそれで、僕は盛り上がりませんが、
デコレーションで目を瞑る必要はなくなります。

かつての日本人の美意識が、
蘇って欲しいなぁ。

長い独り言でした(笑)

水切り豆腐とオカラでガトーショコラ

ひかりあめのゆうすけです。
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ベジタリアン、かつグルテンフリーとなると、
市販のケーキなど食べられるワケがありません。

昨日は、僕の57歳の誕生日だったのですが、
普段、料理をしない次女が、
僕のためにケーキを作ってくれました。

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そのレシピは、ニコニコ動画で紹介されていたモノで、
豆腐とオカラがメインのガトーショコラでした。

作り手の手軽さを狙った、
フライパンで焼くレシピだったのですが、

わが家の火力は、カセットガスコンロだったせいか、
型抜けの悪いケーキになってしまいました。

ですが、味は最高で、
豆腐とオカラとは思えない濃厚さと、
しっとり具合に驚きました。

上の写真は、僕の笑顔ばかりで、
ガトーショコラが全然見えませんが、

次の挑戦で型抜きが成功したとき、
お披露目したいと思います。

ちなみに、年齢となる「57」の蝋燭ですが、
18年後の「75」歳で、再利用できそうです(笑)

上述の動画内で、作り方を紹介していますが、
念のために文字起こししました。

分量は、15センチ丸型1台分です。

・水切り絹漉し豆腐…140グラム
・無調整豆乳…40グラム
・油…20グラム
・自然塩…ひとつまみ
・生おから…90グラム
・無糖ココアパウダ…40グラム
・甜菜糖…40グラム
・ベーキングパウダー…4グラム

①水切りした絹漉し豆腐、豆乳、油、塩を、
なめらかになるまで、ハンドミキサーで混ぜる

②ココアパウダー、甜菜糖、
ベーキングパウダー、おからを、
サラサラになるようにヘラで混ぜる

③上の二つを合わせて型に流し込み、ヘラで整形する

④フライパンを熱し、強火で10秒焼いたら、
フタをしてトロ火で30分焼く

⑤30分焼いたら火を消し、5分蒸らす

⑥粗熱を取って、冷蔵庫で2時間程度冷やせば完成

以前、米粉パン作りの中でご紹介した、
オーブン用の庫内温度計を使って、

トロ火のフライパンの内部温度を計測してみましたが、
どうやら、オーブン調理するのであれば、
170度前後が良さそうです。

詳しい方がいらっしゃいましたら、
アドバイスをお願いします。

m(__)m

ゴミが減った…

ひかりあめのゆうすけです。
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台風が通り過ぎた後は決まって、
表通りに散乱したゴミの片付けに、
汗を流さねばなりません。

souji

ひかりあめは、通学路に面しているので、
学校帰りの子供たちの買い喰いの残骸や、

送迎に来た大人たちのタバコのポイ捨て、
果ては交換した紙オムツまで捨てられるコトがあり、

そうしたモノが、風雨で掻き混ぜられ、
台風一過の掃除は一大事なのですが、

今回の台風では、それが、
殆ど気にならないレベルでした。

台風の規模に関係なく、
散乱するはずのゴミが、チラホラとしか無いのです。

それでも、ゼロでは無いので、
通学路のゴミを拾いながら、僕はあるコトに気付きました。

この7月末、つまり一カ月程前、
近所のコンビニエンスストアが、閉店したのです。

表通りの通学路を下って行くと、
県道にぶつかるのですが、

その県道の手前に1軒、
県道の向こう側に1軒、

銀行を挟むようにして、
2軒のコンビニエンスストアが林立していましたが、

そのうちの、県道手前の店が、
この7月末に閉店したのでした。

つまり、ひかりあめに近い方の店が、
無くなったというコトです。

そのおかげで、これまでなら散乱したはずの、
コンビニエンスストアで誰かが買った、
惣菜の袋、カップ麺の容器、アイスキャンデーの棒などが、

表通りから無くなったという理屈のようです。

…ということは、
通りの向こう側のゴミが増えたのかもしれません。

2軒で凌ぎを削っていたお店が1軒になって、
利用者は倍増した反面、
ゴミも倍増している可能性大ってコトです。

そう思うと、通りの向こう側が、気の毒な気もしますが、

コンビニエンスストアが1軒無くなっただけで、
ゴミ事情が、こうも変わるとは…。

どちらにしても、
僕にとっては嬉しい、環境の変化なのでした。

ワークデスクを広くする

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

数日前、天地がひっくり返るくらい、
嬉しいコトがありました。

そのご報告は、近日中にさせて頂きますが、

今回頂戴した、
素晴らしいチャンスを活かすためにも、

ワークデスクを、もう少し広く使いたいと感じ、
色々頭をひねったのですが、

問題は、デスク上の面積の大半を占める、
パソコンを何とかせねばという結論に至りました。

奥行き60センチのデスクに対して、

本体の奥行きが24センチ、
キーボードの奥行が12センチで、
奥行の合計が36センチもあるパソコンが、
設置されてるんですから、

書類を広げられるのは、
手前の奥行24センチの空間しかありませんので、
手狭に感じるのも、無理はありません。

かと言って、大きなデスクを買うのはナンセンスです。

じゃあ、パソコンが置ける分だけ、
デスクの一部を拡幅してしまおう!と決め、
こんな細工をしてみました(笑)

机の一部を拡幅

判りますか?

パソコンが置ける幅だけ、
デスクの一部を別の木材で拡幅したんです。

手元にあった10センチ幅の集積合板を使って、
工作大好きのキャリアを活かして繋ぎました。

これに加えて、

パソコン本体とキーボードの一部を、
4センチほどオーバーラップさせるコトも出来たので、

これらの作業のおかげで、
奥行き40センチもの作業空間が誕生しました。

16センチも、奥行きが広がったコトになります。

しかも、出費はゼロ!
嬉しいぃ!\(^o^)/

拡幅に成功したデスク

こちらが、リフォーム後の、
僕のワークデスクです。

普段は、あまり感じませんが、
写真でみると、なんとも殺風景ですね(笑)

ちなみに、

デスク、チェア、そしてデスクライトとも、
大好きな無印良品製です。

デスクも広くなったコトですし、

今回頂戴した素晴らしいチャンスを、
良い企画になるよう、しっかりと練るつもるです。

妖精体験

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

僕は昭和34年に東京で生まれましたが、
2歳を迎える前に、埼玉県の入間市に引っ越しました。

それから、16年間、
大学に入って独り暮らしを始めるまで、
そこで幼少時代を過ごしました。

スタジオ・ジブリの「となりのトトロ」を、
知らない人はいないと思います。

totoro

この物語の設定は、
僕が幼少期を過ごした場所の隣町で、
映画に登場する町の名前など、
多くが実在し、僕も知っている場所です。

しかも、時代設定まで、殆ど同じ。

実は、その町で幼少期を過ごした僕たちの世代は、
多くの仲間が、まるで「トトロ」のような体験をしました。

いわゆる、妖精体験です。

その子に、丁度良い妖精と出会いました。
つまり、その子の放つ波動に見合う妖精が現れたのです。

僕の家の周りには、同世代の子供は、
殆どが女の子だったせいもあり、

女の子の好きな遊びや趣味が、
そのまま僕の遊びや趣味になりました。

料理が好きなのも、そのせいかも(笑)

男の子の間では、野球が流行っていましたが、
ルールも知らないので、
誘われるコトもありませんでした。

むしろ、ママゴトのお父さん役の方が、
しっくりしていたのです(笑)

そのため、僕の体験した妖精物語は、
とてもメルヘンな内容でした。

小学校までは、2キロの道のりを、
独りで通学したのですが、

途中には、大きな雑木林が幾つもあり、
みちくさをするには、絶好の環境でした。

ある霧の濃かった日、雑木林の入口で、
薄汚れたランニングシャツを着た、
小柄な子供に出会いました。

僕の友人のT君に似ていたので、
彼の弟だと確信して、僕から話し掛けようとすると、

彼の方から手が差し出され、
その手に触れた次の瞬間、

彼と僕は、同じ馬の背中にまたがっていました。

立派な体格の馬で、
タテガミが光っていました。

馬は、僕たちを乗せて、
雑木林の奥へと、ドンドン入って行きました。

子どもの僕にとって、丁度良い速さで、
切る風の感覚が絶妙な肌触りで、

あまりの気持ち良さに、寝入ってしまったのです。

どれくらい寝ていたのか、判りません。
気が付くと畑の真ん中で、仰向けになって寝ていました。

今から思えば、まるで「猫バス」です。

一度や二度で無く、
そんな素敵な経験を、僕は何度かしました。

少し大きくなってから、
友達が河童に騙された話しを耳にしました。

河童にいたずらされた子供に共通していたのは、
全員が男の子で、例外なくイタズラ好きの子でした。

そして、オバケに遭った子の話しも聴きました。

彼等は皆、怖がり屋さんで、
いつも、何かの不安を抱えているタイプでした。

メルヘンな子は、魔法の馬に乗り、
イタズラっ子は、河童に騙され、
臆病な子は、オバケに遭遇したのです。

そんな体験が、珍しく無かったのは、

おそらく、当時のその地方は、
3次元と4次元の間の仕切りが曖昧で、

自分の無意識を、
そう言うカタチで体験させるコトで、

将来、何かの役に立たせたかった神様の計画が、
在った気がしてなりません。

実際、僕が沖縄に惹かれたのも、
キジムナの話しに興味を抱いたからだし、

16年前の沖縄への移住が、キッカケとなって、
調和療法を完成させるコトになったのだし、

自分スタイルの音楽への気付きも、
この島での、CMソングを唄うチャンスを通じて、
確信となったのですから、

すべては、遠いあの日の、
魔法の馬に始まった、長い長い物語だったようです。