アストラル・トラベル

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

昨年の大震災から一年を迎えた今年の3月から、

毎週金曜日の夕方、
首相官邸前で、大飯原発の再稼動撤回を求める
抗議デモが行われています。

この3週間は、特に大規模な集会に成長しました。

プロパガンダ発信元の代表格であるマスコミは、
そこに集まる民意を無視し続けて来ましたので、
多くの日本国民は、この事実を知らないかもしれません。

先々週は12000人、先週は45000人、
そして今週は、10万とも20万とも言われる、
計測不可能な数にまで膨れ上がった人々が、

抗議の声をあげるため、
全国から首相官邸前に集まったのです。

いつの時代もそうですが、
現政権は、特に不甲斐なく、

国民の命より、一部の特権階級の懐を守るため、

福島第一原発より、
圧倒的に条件の悪い大飯を安全と認め、

再稼動をさせようとする姿勢に、
心ある大衆は、怒りの声を上げたのです。

まさに、水瓶座の時代を象徴する出来事です。

さて、ここで、
沖縄に住む僕のように、

参加したくても、遠過ぎて辿り着けない人々に、
僕は提案いたします。

一緒に、アストラル・トラベルのスキルを手に入れましょう。

聞き慣れない言葉ですが、
それは、幽体離脱のコトです。

僕はこの、幽体離脱という単語が、
オカルトチックで、好きになれないので、
あえて、アストラル・トラベルと呼びます。

魂の存在になれば、時空の制限はありませんから、
どこに暮らす人であろうと、
肉体の制限を越えた活動が可能になります。

リモート・ビューイング(遠隔透視)という
擬似技術も実際に存在し、
練習を積めば、自由にできるようになるそうです。

そこで僕は、色々と調べてみたのですが、
過去に何度か、既に経験しているコトが判明しました。

暗い部屋の中で、眠るために目を瞑っているのに、
部屋の様子が、はっきり見えたことはありませんか?

夢の中で、これが夢だと解って、
その世界を楽しんだコトはありませんか?

同じく夢の中で、
空を飛ぼうとした自分の足の下に、
大きな光の玉ができたことはありませんか?

僕は、あります。

一つ目は、最近も何度かありました。

二つ目と、三つ目は、
特に子供の頃、よく体験しました。

友達は、夢の中で空を飛ぼうとすると、
いつも低空飛行で何かに引っ掛かり、
うまく飛べないとボヤいていましたが、

僕は違いました。

夢の中で、空を飛ぶ練習をし続けた結果、
飛びたいと思うと、足の下に光の玉が生まれ、

自由な高度まで、空高く飛ぶことができたのです。

アストラル・トラベルと、
単なる夢との大きな違いが、一つあるそうです。

それは、アストラル・トラベルでは、
意識がしっかりしているというコトです。

単なる夢では、見ている情景に対して、
自分は受身の状態になっています。

しかし、アストラル・トラベルにおいては、
自分の意志を発揮するコトができ、

さらには、時空の制限を超越しているため、
それが実現するのです。

この事実を知り、僕は嬉しくなりました。
そして、このスキルを研きたいと、
本気で思うようになりました。

アストラル・トラベルが、自由に出来るようになれば、
世界の波動を高めるための活動にも
益々拍車がかかるでしょうし、

そればかりか、
ドンドン実現できるようにも、なるはずです。

進展があれば、
このブログでお伝えしますね。

是非あなたも、
一緒に取り組みましょう。

呼吸のもたらすモノ

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

呼吸は、生命にとって大切な生理機能です。

消化活動や心臓の鼓動、
血液循環、ホルモン分泌等も同じく生理機能ですが、
呼吸とは一線を画します。

全ての生理機能は、意識せずに働きますが、
呼吸以外の生理機能は、
意識して動かすことができないのです。

深呼吸や、息を止めるなどの活動は、
呼吸活動にだけ許された、意識下で行われる行為です。

これは、かなり神秘的な事実です。

また、生命は、
呼吸によって宇宙エネルギーを体内に取り込みます。

食物や水を取り込む消化機能も、
生命維持には欠かせませんが、

食物が無くても何週間かは生きられるのに対して、
呼吸無しでは、すぐに絶命してしまいます。

これらの特徴を知れば知る程、
生命にとって、いかに呼吸が大切かが解ります。

僕が、フラワーレメディと出会うことになったのは、
自らのパニック障害がきっかけでした。

この心身症は、
発作時に過呼吸という症状を伴う特徴があり、

そうなると患者は、
正しい呼吸ができなくなります。

パニック発作時のこの状態は、
少々極端な例とも言えますが、

生命は、強いストレスを感じると、
呼吸を止めてしまう傾向があるのです。

赤ちゃんや幼児は、ストレスを感じると、
素直に大泣きしますが、

彼らはこのとき、このような形で積極的に呼吸し、
生命を維持する術を知っています。

一方、ある程度成長した人間は、
ストレスを感じると、黙って堪えるようになりますが、

このときの呼吸状態は、
決して褒められたモノではありません。

ストレスを感じた直後は、なぜか呼吸を止め、
呼吸を再開した後も、それは非常に浅くなるのです。

これは、無酸素運動のときに必要なモノと同じ類の
ストレスに対抗するための反力や瞬発力を、
身体が準備するために起こりますが、

この状態が長く続けば、
体内は呼吸不足の状態に陥ります。

呼吸が不足すれば、酸欠になりますが、
欠乏するモノは、酸素だけではありません。

呼吸は、気道を経由して、
肺を空気で満たしているだけではなく、
皮膚からも常に呼吸していますし、

さらには、空気中の酸素を取り込み、
二酸化炭素を吐き出すという単純な話しだけではなく、

宇宙のフリーエネルギーである空(くう)や光を、
体内に取り込んで波動調整し、
その一部になろうとする行為でもあります。

意識しても、しなくても呼吸は可能なら、
良い呼吸を、意識しながら行う回数を増やすべきでしょう。

また、療養生活を送る人々にとって、
意識して行う理想的な呼吸は、

いかなる大病に陥った身体であろうと、
最良の薬であり、特効薬でもあるのです。

身体を衝き動かすモノ

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

昨日、ツイッター上でシェアしましたが、

あまりにも綺麗な映像なので、
こちらのブログでも、ご紹介するコトにしました。

自然に存在する癒しのエッセンスが、
映像の中から、完璧な形で迸っています。

スペイン最高峰エルテイデ山(3713メートル)において、
昨年の4月に撮影された作品だそうです。

こちらのリンク先では、
高解像度の映像がお楽しみ頂けます。

この奇跡の映像を完成させたのは、
TSO PhotographyのTerje Sorjerd氏という方。

彼の撮影後の談話の中に、
僕は宇宙の祝福を感じずにはいられません。

高山ならではの薄い酸素状況の中の、
長時間のハイキング、
しかも、旅の途中で大規模な砂嵐にも見舞われて、
心身ともにクタクタになってね…。

1週間の旅の間の睡眠時間を合計しても、
10時間にも満たなかったよ。

魂に準ずる行動をしたとき、
その乗物である身体波動は、最高潮を迎えます。

電気が無ければモーターは回らないという、
もしくは、燃料の分しかエンジンは動くはずがないという、

科学者たちの常識を、イトも簡単に覆す現象が、
僕たちの身体で起こるのです。

魂に衝き動かされた身体と、
宇宙という空(くう)に調和した魂、

この三位一体は、
完全なるフリーエネルギーだという事実を、
このエピソードは証明しています。

葛藤を手放すために

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

(カズラ)と藤(フジ)という、
ふたつの植物を並べた言葉が「葛藤」です。

これらは、いずれもツル性植物ですが、
異なるふたつの植物が、
もつれ合い、混乱した状態を表現しています。

魂が肉体に宿り、
時空の制限を受けて生活をしていると、

魂の成長過程における、ある瞬間において、
自らの信念に反した行動をしてしまった時、
この混乱が起こります。

本来、人間の本質は、
すべての可能性に向けてオープンであり、

寛大さと柔軟さが正しい選択を行い、
見事なまでの適応力が、
さらなる成長を約束するはずなのですが、

なかなか、こうはなりません。

逆に、こうした反応を、
当たり前にこなせるようになるコトを、
「覚醒」と言うのです。

葛藤を放っておくと、
生命エネルギーの流れがぎこちなくなり、
緊張した部分が病気になったり、何らかの症状が現れます。

ということは、

覚醒した聖人にならずとも、
葛藤と決別する方法を体得すれば、
僕たちは健康を手に入れられるのです。

葛藤を生み出すモノは何でしょうか。

それは、偏見です。

魂は、自分がどこへ行って、
何をすれば良いかを、いつも知っていますが、

外部からの情報を五感を通じて得る身体感覚意識は、
五感の感度や、社会に対する認識の違いから、

例え同じモノに出会っても、
人によって様々な反応をしてしまいます。

偏って感じ取り、
偏った分析をし、
偏った反応をしてしまうのです。

これが偏見です。

賢者たちは、
「偏見を捨てなさい」と言いますが、

偏見は、社会や集合意識の奥底に棲み付き
まるで信念のように振舞うため、
認識して取捨選択するコトは困難です。

こう説明すると、
もう抜け出せない迷路に入っていると思われるでしょう。

しかし、そうではありません。

葛藤は、僕たちが自分らしさを知るために、
神様が用意したチャンスなのです。

物資的な、そして感情的なこの社会で、
自らを取り戻すきっかけとして提供されたモノが
葛藤という苦悩だと考えましょう。

苦しいから、抜け出そうとしますね。

もし苦しみ、もがかなければ、
何も取り戻すコトができず、
泥沼に埋没し、閉じ込められてしまいます。

つまり、ジタバタ苦しむことは、
価値ある行為なのです。

ですから、聖人の域に達することなく、
偏見を捨てるためにすべきことは、
自分の判断に対して客観的にならねばなりません。

例えば、あなたはAさんが気に食わないなら、
Aさんを支持する人々の意見を、
敢えて聞いてみて下さい。

こうすることで、Aさんに対する、
あなたの向き合い方を知るコトができます。

その結果、いかにあなたが、

偏って感じ取り、
偏った分析をし、
偏った反応をしていたかを、

思い知るでしょう。

ここで浮かび上がったモノが、
あなたのしがみついている信念です。

あなたなりの基準があり、こだわりがあり、
それをもとに判断していたコトが、
客観的に解ります。

そして、その瞬間から、
あなたの判断に変化が現れます。

これこそが、小さな「覚醒」です。

この小さな取り組みを積み重ねるコトで、
あなたという存在は次元上昇し、
葛藤の無い人生をエンジョイできるでしょう。

この水瓶座の時代は、
こうした流れを助けてくれるはずです。

躊躇と実行

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

当たり前ですが、
躊躇することと、実行することは、
間逆な関係にあります。

因果とか、カルマとか、
その言葉遣いはどうであれ、
人生で、やらねばならないコトがあったとき

人は必ず、これらのどちらかを選びます。

躊躇するということは、
その課題を先延ばしにすることであり、

いつまで経っても、問題は解決しないどころか、
日を増すごとに、状況は複雑化します。

そのため、放っておけばおくほど、
実行することができなくなり、
ついには、一生せずに終えることもあるでしょう。

これは、悪い意味で、
自分の人生をコントロールしてしまうばかりか、

本来与えられているはずの自由度を、
自ら束縛する結果を生みます。

さらに意識は、
その課題に対してドンドン敏感になり、

躊躇するための要因は、
その感性に比例して大きく育ちます。

結果として、後をひくどころか、
次の転生まで、課題を持ち越すことにもなりますから、
決して良い気分を味わうコトはできません。

一方、実行するということは、
体験して、終らせてしまうということです。

その結果は様々で、
辛かったり苦しかったすることの方が、
圧倒的に多いようです。

ですが、その時どんなに辛いとか、
苦しいとか感じたとしても、

総じて言えることは、
後になれば、全て良い思い出に変わってしまいます。

そして、体験し終えていますから、
次に同じ問題に直面しても、
一回目よりリスクを感じずに済むか、

場合によっては、
幸福感さえ抱く場合があります。

魂が成長しているため、
言い換えるなら、魂が鍛えられているため、

同じ問題であっても、
反応がポジティブになり、

コトと次第によっては、上達の域まで達し、
災い転じて福と成すこともあるでしょう。

躊躇することと、実行することは、
ここまで違います。

そして、そして、

全て実行できた人には、
素晴らしい特典があります。

因果とかカルマは、有限課題ですから、
その人生で味わわねばならない問題を終えてしまうと、
残りの人生はクリアな存在となり、

やりたいコトを、やりたいだけ楽しめ、
成りたいモノに、思い通りに成れるための、
クリアでフリーな時間が与えられます。

問題は、小さなうちに意識して乗り越え、
この人生を謳歌したいものです。

ツインソウル

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

エドガー・ケイシーは、
人類の起源について興味深いリーディングを遺しています。

僕自身、この内容がとてもしっくり来たので、
ブログ読者の皆さんに、シェアしたいと思いました。

旧約聖書の創世記第2章の中で、

神は土からアダムを作り、
そして、彼を眠らせ、
その肋骨からイブを作ったと書かれています。

動物の肉体は、死ねば土に帰りますから、
土からアダムが生まれても、
何ら不思議なコトはありませんが、

なぜ、アダムを眠らせ、
その肋骨からイブを作ったのでしょう。

これらの世界観について、エドガー・ケイシーは、
以下のように説明しています。

アダムは、はじめ両性でした。

いきなり、ショッキングな内容ですよね。

初期の人類においては、
両性という状態が確かにあったそうです。

それどころか、彼らは未だ半霊半物質の状態でもあり、
男でも、女でもなく、
性の分化されていない人間でした。

そして両性の人間には、
男の魂と女の魂が、同時に存在したそうです。

しかし、僕らの住む、この物質的な世界では、
魂の真価を充分に発揮するためには、
陰陽をはっきりさせる必要がありました。

そこで、これらを分化し、
人として相応しい形に、進化して行ったのだそうです。

アダムが眠ることでイブが現れたのは、
こうした性の分化を象徴するのと同時に、
意識の分化も表していると、ケイシーは言及しています。

つまり、アダムは意識であり、
そしてイブは、無意識の象徴なのです。

だから、エデンの園の蛇は、
アダムではなく、イブを誘惑して、
善悪を知る木の実を食べさせました。

サブリミナル効果で知られるとおり、
無意識は誘惑に弱いからです。

この時のイブの間違いは、
蛇の誘惑に対する答えを、自分自身の内側に聴かず、
五感を通じて、自分の外側に求めたことでした。

こうして、男と女に分化し、
さらに意識と無意識の分化を得た人類は、
物質的な世界で魂の修行を始めることになったのです。

そして、一つの人間の中に存在した男女ふたつの魂は、
ツインソウルという形で、
この世界に別々の転生を始めました。

これは、ソウルメイトとは違います。

ツインソウルは、関連深い形で転生しますが、
双方が肉体を持つ場合もあれば、

片方が肉体を持ち、
もう片方は、守護する存在となることもあるそうです。

ちなみに、現代に見られるニューハーフのような両性と、
初期人類に見られた両性は、まったく異なる存在です。

この件に関しては、
エドガー・ケイシーの説明はありませんが、

昨年、私的に大変お世話になった江田裕典氏によれば、
現代に見られる両性は、
魂と身体の性が異なることに起因するそうです。

つまり、男性の身体に女性の魂が宿っているワケです。
※もしくは、その逆

もちろん、この時代の人間は、
半霊半物質ではありませんから、
そういう意味でも、江田氏の説明は納得できます。

また、ツインソウルかどうかは不明ですが、
僕は、こうした存在と、
数十年に渡りコンタクトをしていた時期がありました。

この数年は、全く会っていないのですが、
精神的にも肉体的にも窮地に追い込まれると、
その存在が登場して、僕に救いの手を差し出したのです。

彼は自分自身を、僕の兄と名乗りました。

母親によれば、
僕には兄となるはずの人が、確かに居たそうです。

兄に宿るはずだった魂が、
僕が生まれた時、一緒にこの身体に宿ったのでしょうか。

きっと今頃、彼はどこか違う時空で、
誰かのために活躍しているのだと思います。

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

種という存在を、改めて見つめてみましょう。

例えば、親しみやすいドングリは、
この小さな一粒が、やがて樫の木に育つのです。

もちろん、条件が揃わなければ発芽しませんし、
発芽しても、生育環境が整わなければ木にはなりません。

生育の途中で、虫や鳥、
その他の動物に食べられてしまうこともあります。

ですから、1本の樫の木は、
沢山の条件をクリアし、難題を乗り越えて育った
一粒の種の結果なのです。

そして、当たり前のコトですが、
ひまわりの種から、樫の木が育つこともありません。

まるで、僕たちの人生と同じです。

創世記第一章の中で、
神は言われました。

地は青草と、種を持つ草と、
種類に従って種のある実を結ぶ果樹とを
地の上に生えさせよ。

このように、
種という存在に拘って、
神は生命を創造されたのですが、

同時に、物事は必ず因果として繋がり
行為をすれば結果が生じるという
世界の秩序までをも創造されたのです。

身体という乗物を得た個々の意識たちの、
その在り方が人生に招き入れるものを決定する仕組みは、

天地創造の3日目には、
すでに生まれていたのです。

ですから、
僕らがその使命をまっとうするためには、

沢山の条件をクリアさせ、
難題を乗り越えねばなりません。

言い換えるなら、受身のままでいることは、

発芽できない種や、
育つことのできない苗や、
捕食されてしまう草として、

一生を終えかねない、ということになります。

そして、望む結果を生むためには、
相応しい行動が必ず必要だということでもあるのです。

クリアしなければならない条件が多過ぎたり、
乗り越えねばならない難題が、
とてつもなく大きかったりしますが、

途方に暮れている場合ではありませんね。

創造力と実現力

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

インターネット環境の復旧に、
4日も費やしてしまいました。

今回のトラブルは、
CTU(加入者網終端装置)とスイッチングハブの2装置が、
同時に故障したことによります。

2つの機器が、一斉に不具合に陥ることも珍しいですが、

それぞれが完全に壊れたワケでなく、
その一部の機能が故障しただけだったため、
問題の特定に時間が掛かってしまいました。

CTUの方は、レンタル元のOCNに交換してもらい、
スイッチングハブは、新品を購入して入替えました。

暫くは、安定した環境を味わいたいものです。

アメリカの17歳の少年Dakota Adney君が、
その創造力とCGテクニックを駆使して、
iPhone5のコンセプト映像を作りました。

ビジュアライゼーションの極みとでも言いましょうか…、

その完成度の高さは、
まるで本物を見ているかのようです。

YouTubeにアップロードされたその映像は、
世界中のiPhoneファンを魅了しました。

もちろん、アップルにとっても、
良い刺激になったはずです。

一番喜んでいるのは、
天国にいるスティーブ・ジョブスかもしれません。

僕も子供の頃は、
画用紙いっぱいに未来の絵を描いた記憶があります。

その時のクレヨン画と、
この少年の作品を比べるのも変ですが、

彼らの創造力と実現力を、こうして目の当たりにすると、

大人の僕たちは、彼らの活躍の場であるこの地球を、
より健全な状態で彼らに手渡さねばと思います。

まさに、世界の波動を引き上げる作品です。

インターネット環境が不調です…

去る日曜日の早朝から、
ひかりあめのインターネット環境が、
不安定になっています。

故障箇所の特定に手間取っており、
復旧には数日を要する可能性があります。

エッセンスのご注文等は、
携帯端末などを利用して受信していますが、
応答に時間が掛かっています。

お待たせして申し訳ありませんが、
どうぞ、気長にお待ち下さい。

また、この問題が解決するまで、
暫くの間、ブログ更新はお休みいたします。

TwitterとFacebook

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

今朝、記念すべき1000ツイートに達しました。

僕のTwitterでのつぶやきは、
単語も、言い回しも、
できることなら、最大限の波動となるよう吟味していますので、

そんなに多くを、ツイートするコトはできません。

ですから、1000ツイートに達したという事実は、
大切なマイルストーンのように感じます。

僕がTwitterとFacebookを始めたのは同時期でしたが、
今では、後者のアカウントは削除しています。

時々、Facebook経由での
コミュニケーションのお誘いを頂戴しますが、
苦手を理由にお断りしています。

僕はエンジニア出身ですから、
双方とも良く出来た素晴らしいツールだというコトは
十二分に認識しています。

多くの方が、これらをビジネスに活用し、
実績を上げているコトも知っています。

これは、波動治療者としての個人的意見でしかありませんが、

特にFacebookでは、
物理的な恩恵を求めるエネルギーが強過ぎます。

引き込もうとする力も、
引き留めようとする力も、
半端ではありません。

また、企業ベースのアカウントに多いのですが、
彼らは、Facebook用の特別な顔を演出しています。

プロパガンダと向き合ってきたせいか、
こういった不自然な役作りが見抜けるため、
悲しい気持ちになるのです。

Mixiと縁遠くなった理由も、
似たような背景だった記憶があります。

一方、Twitter側も、
似たような目的のアカウントも多々ありますが、

こちらは、関わりたくなければ、
自分のタイムラインから自由に消すことができますし、

万が一関わっても、

引き込もうとする力も、
引き留めようとする力も、
殆ど感じることはありません。

140文字という制限が、
低い波動を助長させないのでしょう。

また、僕が何よりTwitterを気に入っている点は、
あのエジプト革命の原動力となったコトです。

もちろん、この市民革命では、
Facebookのネットワークも、
デモ編成に与えた影響力は計り知れませんでした。

しかし、TwitterとGoogleによって提供された、
音声ツイートによるメッセージ伝達環境は、
腐敗した政府を攻撃するための、大きな力となりました。

この日本においても、近い将来、
(とき)の声を上げるきっかけとなるコトを期待しています。

国民の声を全く聞かない、政府やマスコミ、資本家たちが、
自分たちの都合で原発を稼動させたり、
TPPに参加したり、消費税を上げたりしたり、

そんな策略が一方的にできるのも、
今のうちでしょう。

今日、ご紹介する映像は、
アメリカのスーザン・ライス大使による
ツイッターのタウンホールミーティングの模様です。

エジプト革命におけるTwitterの影響力を
国連が認めた内容について語っています。

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