減食の効能

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ゆうすけです。

日月神示に倣い、
出汁を含む魚までの摂取を絶った
完全菜食になるのと同時に、

食事の量を、これまでの半分以下に
減らす生活をはじめて
今週で5週間目を迎えます。

この食生活に身体が慣れ、
胃袋も随分小さくなった気がします。

確かに、空腹を感じる時間が長くなりましたが、
すぐに何かを食べたいという欲求には発展せず、

それまで消化に費やしていたエネルギーを、
違う形で発揮できている感覚を
楽しめるようになりました。

もちろん、そんな時、
濃縮発酵酵母エキスを摂取すると、
その効果も、しっかり感じ取るコトができます。

減食をはじめて、僅か1週間で、
乾癬の症状は殆ど無くなり、

4週目からは、体脂肪の減少も確認し、
健康上の変化にも劇的なモノがありますが、

一番驚いているのは、
オステオパシー施術時の治療脈の感じ方です。

これは予想していなかっただけに、
仕事に役立つ、最も嬉しい変化かもしれません。

菜食者は血が綺麗なため、
治療脈を感じ易いというのは、

この手技を学び始めた当初から
実感していましたが、

減食をしたことによって、
治療脈以外のもう一つのリズムまで、
解るようになりました。

それは、患者さんに指先が触れる直前の、
体表5ミリ辺りから感じるモノです。

サトルエナジー・アセスメントで、
掌が拾っていた感覚は、
体表5センチ辺りにあるエーテル体でしたが、

最近の僕の指先が拾っているそれは、
物理的身体とエーテル層との接合部分にある
皮膚の毛穴から吹き出している生命力のようなモノです。

これは、治療の流れを誘導してくれる力であり、
次に何をすれば良いかを、教えてくれます。

おそらく、患者さんの自然治癒力が、
施術者をナビゲーションしているのでしょう。

また、頭蓋骨治療において最も難しいのは、
蝶形骨の動きを感じ取ることですが、

減食をはじめて3週間目くらいから、
患者さんに触れた瞬間から解るようになりました。

また、治療脈についても、
脳脊髄液の流れる様子が、
よりリアルに解るようになりました。

オステオパシーを施術していない時でも、
常に指先の感覚がアクティブになっており、

例えば、こうしてブログを綴っているとき、
パソコンのキーボードに触れる際にも、
指先がピリピリと、何かを拾おうとしています。

もちろん、食べ過ぎていませんから、
食後に眠気に襲われることもありませんので、

常に良い状態で仕事に取り組めます。

日月神示の中では、
神様のお役に立つ身魂の持ち主になるためには、
人の5倍、10倍の仕事をせよとありますが、

このコンディションなら、
それも可能かもしれません。

減食は、苦しいどころか、
楽しみの増える生活スタイルのようです。

好転反応を知る

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ゆうすけです。

自然療法家として必要な、重要なスキルのひとつが
好転反応に関する説明です。

利用者が、必ず体感するものではありませんが、
知っておいて頂きたい大切なコトです。

フラワーレメディにも、
そしてオステオパシーにも関わる反応ですので、
今日は、こちらで説明いたします。

現代の民主主義国家において、
ごく普通の生活をしている人々は、

例え健康診断に引っ掛からなくとも、
血液の状態が良くありません。

主たる原因は、
動物性食品の摂り過ぎから来るものですが、

日月神示的な表現をするならば、
血が穢れているのです。

僕たちの身体は、
毎秒数百万の細胞が生成されますが、

その際の栄養源となるものは、
この血液ですので、事態は深刻です。

こうした人々が、自然療法を試し出し、
その効果が身体に共鳴し出すと、
3段階の排毒のステージが待っています。

第一段階は、悪寒、眠気、だるさです。

これらが重なって、
吐き気や頭痛、発熱に繋がる場合もあります。

そのため、まるで、
風邪をひいたんじゃないかと思うような、
不調として感じる人も少なくありません。

身体のためになるはずの療法なのに、
どうして、このような反応があるのでしょうか。

「だるさ」を例に取って説明します。

だるくなると、食欲がなくなり、
動きたくなくなりますよね。

食欲がなくなるということは、
胃腸が活動を拒否することを意味していますが、

胃腸が普段の食生活で使うエネルギーは膨大で、
特に動物性食品を食べる人々の胃腸は、
マラソンを完走するほどの力が必要です。

つまり身体は、「だるさ」を通じて、
余計なエネルギーを使うことを一時的に止め、
自然治癒力による体力回復に専念しようとするのです。

このように、一見不調のように感じる反応ですが、
実際には、自然治癒力を発動させようとする
自然な変化のプロセスなのです。

そして第二段階では、体臭や口臭がきつくなり、
最後の段階では、涙や鼻水、
汗、目やに、尿、便などとしての排毒が行われます。

いずれも、血液中の毒素を、
身体の外へ出そうとする反応です。

こうした身体反応が起こることで、
メンタル面にも影響が出ます。

憂鬱感や不安感、焦燥感、
怒り、淋しさ、悲しさなどですが、

単純に身体反応の影響というより、
メンタル面における排毒と考えても良いでしょう。

数日間に及ぶことも少なくありませんが、
大切なことは、どの排毒も止めてはいけません。

抗生物質や抗精神薬を
このタイミングで使ってしまえば、

出すべき毒の排泄ルートが
蓋をされてしまうばかりか、

薬物という新たな毒が
体内に入ってしまうことに繋がるからです。

日頃から、強い薬を服用している人々、
もしくは、過去にそうした薬を服用していた人々には、

より強い反応となって現れ、
利用者を驚かせるコトも少なくありません。

こうした反応に対して、
療法が効いている証拠であると前向きに捉え、

自然の力に委ねられるかどうかが、
その後のプロセスの命運を分けるコトになるのです。

「ゐ」と「ゑ」

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ゆうすけです。

日月神示を学び始めると、
日本語の持つ力に驚くコトが度々あります。

宇宙創造の四十八の言霊とは、
日本語の五十音から
重複音を省いて「ん」を足したものであり、

この四十八の音を、巧みに操れる言語は、
この広い世界に日本語しかありません。

僕たちは、知らず知らずのうちに、
世界の波動を高めるための大切な言霊を
日々使わせて頂いているのです。

ですから、感謝を携え、
しっかり向き合う必要があります。

さて、日月神示の中では、
随所で「一二三祝詞(=ひふみのりと)を唱えよ」とされており、

そこには、四十八音が全て連なり、
深淵なる意味が含まれています。

しかし、意味を考えるのではなく、
聖なる言霊を丁寧に唱える姿勢が大切なようです。

ひふみ よいむなや こともちろらね
しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか
うおえ にさりへて のますあせゑほ れけ

最後の「け」のあとに、「ん」を足すコトで、
四十八音になります。

読み方についても、
神示の中で丁寧な説明があります。

一二三祝詞するときは、神の息に合はして宣れよ、
神の息に合はすのは三五七、三五七に切って宣れよ。
しまひだけ節長くよめよ、
それを三たびよみて 宣りあげよ。

下つ巻 第七帖

唱えるに先立ち、
まずは、覚えなければならないのですが、

書きながら発音して覚えるのが、
この手の習い事では王道ですので、

昨日の日曜日は、祝詞カードを作り、
写経のように、何度も何度も書き写しました。

そこで、びっくりしたのが、
表題となった「ゐ」と「ゑ」です。

この文字は、「わ」行の「い」と「え」の段で、
発音は「ゐ」が「ウィ=WI」であり、
「ゑ」は「ウェ=WE」となります。

ちなみに「を」は常用しますが、
これも、正確な発音は「ウォ=WO」です。

何十回も書き写してみたのですが、
慣れない発音であると同時に、
書くのも難しいというコトが解りました。

しかし、正確な言霊を使わせて頂く以上、
正しく知り、使いこなす必要があります。

調べてみると、
「ゐ」と「ゑ」も一画で書く必要があるようです。

「ゐ」の字は、
途中まで「み」を書くようにすれば
「る」と間違えることなく、うまく書けます。

問題は「ゑ」であり、
下半分の横に三つ並んだ点のようなものは、

この字の元は「恵」ですから、
「心」という文字の一筆書きであり、

一番右の点のような部分の最後は、
「心」の点と同じく、左へ跳ねるように仕上げます。

普段から、この二文字以外は使っていますが、
これら「ゐ」と「ゑ」については、

全く触れずに生活していますので、
魂を磨く意味でも、
ぜひ練習して使いこなしたいものです。

第二次大戦後、日本語が簡素化された背景にも、
イシヤ(=イルミナティ)の企みが潜んでいますが、

「ゐ」と「ゑ」を生活から消すことで、
日本人に全ての言霊が使えないように
仕向けたのかもしれません。

ぜひ、練習を重ね、すべての言霊を
日本の文化に甦らせたいモノです。

ちなみに、昨日作りました祝詞カードは、
希望される方に差し上げますので、
ひかりあめの店頭でお申し出下さい。

魚を絶つ

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

僕は、これまでの数年間、
肉、卵、乳製品の摂取を一切せずに、
暮らしてきました。

そして、先週の木曜日から、
意を決して魚も絶つことに決めました。

これまでも、魚を食べたとしても、
週に一回程度でしたし、

スープや出汁として使われている動物性素材については、
積極的には食べないまでも、
出して頂いたモノは、頂く姿勢でいました。

しかし今回は、出汁を含めた全てを絶ち、
ついでに添加物や保存料の摂取も、
可能な限り控えるようにしています。

例えるなら、これまでは
温ソバを頂くことはできましたが、

これからは、ソバは食べることができますが、
鰹出汁の掛かったソバは頂きません。

ちなみに、昼食にソバを食すコトは多いのですが、
最近は、昆布を漬け込んだ醤油だけで出汁を作ります。

初めのうちは、物足りなさを感じましたが、
慣れて来ると、そのスッキリとした味に
舌が喜ぶのが解ります。

この完全菜食へのシフトは、
健康管理のためではありません。

日月神示を学べば解りますが、
この先訪れる三千世界の大洗濯の際、

神様が足場とされる場所が、
この現世に必要となります。

その足場となる身体は、
血が穢れていては使い物になりません。

あと、魚を絶つだけで、
神様のお役に立てるのなら、

そして大難を、少しでも小難に変えるための、
微力になれるのならばと思い、
この身体を清めることにしました。

臣民にわかる様にいうなれば、
身も心も神のものざから、
毎日毎日神から頂いたものと思えばよいのであるぞ、

それでその身体を
どんなにしたらよいかと云ふこと分かるであろうが、
夜になれば眠ったときはお返ししてゐるのざと思へ、
それでよく分かるであろうが。

身魂みがくと申すことは、
神の入れものとして神からお預りしてゐる、
神の最も尊いとことしてお扱いすることぞ。

富士の巻第十四帖

その後、たった一週間しか経っていませんが、
乾癬の症状が、極端に静まり出したのです。

これは期待していなかったことです。

確かに乾癬の「癬」という字を見れば、
魚との相性は悪そうな病気ですが、
ここまで顕著に変わるとは思いませんでした。

特に症状の酷かった頭皮が、
爽やかなエネルギーを発しているのが良く解ります。

そして、次のチャレンジは「減食」です。

食物節してこそ、ささげてこそ、
運ひらけるのぢゃ。病治るのぢゃ。
食物、今の半分で足りると申してあらうが。

遠くて近いものヒフミの食べ方して見なされよ。
運ひらけ、病治ってうれしうれしと輝くぞ。

そんなこと位で、病治ったり、運開ける位なら、
人民はこんなに苦しまんと申すが、
それが理窟と申すもの。

理窟悪と申してあるもの。
低い学に囚われたメクラ、ツンボと申すものぞ。

冬の巻捕帖

元々、大食いではありませんが、
以前出会ったこちらの本で、
減食には興味がありました。

ルネサンス期の人でありながら、
102歳を生きたルイジ・コルナロの本です。

この本と、日月神示のエッセンスが
僕の中で何かを言っているのです。

運も開けるそうですので、
迷いはありません。