中国の汚染の実態

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

2010年の映像ですが、
現状は、これより悪化していると推察されます。

沖縄にも、PM2.5は飛来しており、
肺が痛いと訴える人も少なくありません。

中国国内には、
基準値の数十倍のPM2.5が観測される村が幾つも存在し、
癌の発症や、奇形児の誕生が頻発していると言います。

しかしながら、中国政府も日本同様に、
税収を見込める産業界の言いなりなようで、
まったく対策ができていませんから、

これから、この問題は、
どんどん深刻化することでしょう。

ちなみに、

ひかりあめでご提供している
濃縮発酵酵母エキスを濃い目に希釈し、
マスクにたっぷり噴霧して使うと、

PM2.5対策として良いようです。

こうした取り組み以外にも、
僕ら自身のナチュラルキラー細胞を活性化させ、
汚染物質に負けない身体にしたいものです。

自然則に則った生活に立ち返り、
良く笑って、リラックスした日々を送りましょう。

フラワーレメディなら、

インフルエンザ対策としても有名な、
クラブアップルとオリーブ、
そしてミムラスのブレンドがお勧めです。

陰陽数魂

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

ひかりあめのホームページに、
突然現れたそのバナーに
驚かれた方も多いと思います。

縁あって、周易と数霊盤に出会いました。

それは、日月の神様の、
二つのお言葉がきっかけでした。

正しくないものが正しい方に
従はねばならんと人民申して御座るなれど、

正とか不正とか申す平面的衣を
早う脱いで下されよ。
マコトを衣として下されよ、

マコトを衣にするには
心がマコトとなりなりて、
マコトの肉体とならねばならん、

マコトとは数ぢゃ、言ぢゃ、色ぢゃ、
その配列、順序、法則ぞ。

極め之巻 第十四帖

今の学者には今の学しかわからん、
それでは今度の岩戸開きの役には立たん、
三千世界の岩戸開きであるから、
少しでもフトマニに違ってはならんぞ。

廻りくどいようなれど
とつぎの道から改めなされよ、

出舟の港は夫婦からぢゃと申してあろう、
ミトノマグハヒでなければ
正しき秩序は生れんぞ、

素盞鳴命が、荒ぶる神、悪神ではなく、
人民の罪を背負って下さる救い主の
大神であることが判らねば、
岩戸はひらけんぞ。

新しき世界の宮は土地であるぞ、
住所(すまい)であるぞ、
永遠に在す神は住む土地であるぞ、
下には永遠の腕があるぞ。

極め之巻 第二十帖

フトマニとは、神代文字で書かれた占術歌集で、
モトアケと呼ばれる図をもとに、
真理を読み解く占いです。

その意味を知った僕は、
周易や数霊盤を調べはじめ、

数の持つ力に、魂が震えました。

ポイントは「三」であり、「キ」です。
そして「五」であり、「九」でもあります。

まるで暗号のようなポイントですが、
日月神示を読まれ方なら、
何となく解ると思います。

それらの数を引き出すモノは、
専用の3つのサイコロですが、
これが様々なコトを教えてくれます。

サイコロには216の目があり、
老陽、老陰が27パターンずつ、
そして小陽、小陰が81パターンずつ存在し、

その目の現れる様子から、
無限の情報を得るコトができます。

かつての理数系のスキルが、
ココでも活かされるようです。

通常の易では、
出てきた卦を元に鑑定しますが、

僕の陰陽数魂では、
卦が出るまでの数の流れも追い、

さらに数霊盤も照らし合わせますので、
その深さは計り知れません。

最近、特に沖縄では知名度の上がったマヤ暦鑑定では、
その人の持ち味や魂の方向を教えてくれますが、

僕がご提供したい陰陽数魂では、
実際に動き始めた皆さんが、
具体的に何を、どう選んで、どうすべきかを、

太古の占術と数魂で
読み解くお手伝いをしたいと思いました。

4月からご提供する予定で、
現在仕上げに取り掛かっています。

筮竹を使った易とは、
一味も二味も違う鑑定になります。

50分以上のオリジナルケアコースとして、
対面以外にも、電話やスカイプでご利用頂けます。

即時性が必要な鑑定のため、
メールベースでのご提供はできません。

もう少々、お待ち下さい。

歩くというコト

笑ってますか?
唄ってますか?
ゆうすけです。

先週の火曜日から、
わが家の愛車である緑のデミオ君が、
板金塗装工事のため入院しています。

その間の代車として、
黒いメタリックのデミオをお借りしたのですが、
その車内の煙草臭さが尋常ではありません。

乗車して数回呼吸しただけで、
減食で好転していた頭皮乾癬が、
一気に悪化した程でした。

何かあったときのために、
駐車場で待機してくれていますが、

可能なら乗りたくないため、
買い出しを極力減らす生活が、
この一週間続いています。

しかし、いくら減食はしても、
食材は底をつきますから、
数日に一度は買い物に出ねばなりません。

そんなワケで、昨日は二回目の買い出しに、
徒歩で出掛けるコトになりました。

向かう場所は、わが家から3キロ離れた、
宜野湾市普天間にある小さなスーパーマーケットです。

同村の島袋にもあるのですが、
普天間の方が近く、道もなだらかなため、
こちらを利用するコトにしました。

往路は40分、買い物に10分、
帰路は荷物が重いため50分掛かります。

前回は仕事を終えてから向かったので、
真っ暗な夜道を歩くコトになりましたが、

今回は朝9時前に出発したので、
少々肌寒くはありましたが、
見晴らしの良い道のりでした。

普段は、車での買い出しが当たり前でしたので、
こうした体験は、車への感謝が湧くと同時に、

歩くというコト自体が、
昨今ではレジャーやスポーツでしかありませんが、

かつては、立派な仕事であったことを、
思い出させてくれます。

沖縄本島南部には、垣花樋川という水場があり、
かつては、そこの急な斜面を上り下りせねば、
生活用水を確保できませんでした。

手摺もなく、舗装もされていませんから、
重い水甕を携えての水の確保は、
想像を絶する家事だったコトでしょう。

筋力もエネルギーも必須だったでしょうから、
肥満とは無縁の世界だったはずです。

少々長い引用になりますが、
日月神示の中から、
冬の巻補帖をご紹介します。

ぜひ、ご一読下さい。

病、ひらくことも、運、ひらくことも、
皆 己からぢゃ、と申してあろう。

誰でも、何でもよくなるのが神の道、神の御心ぢゃ。親心ぢゃ。
悪くなるということないのぢゃ。迷いが迷い生むぞ。
もともと病も不運もない弥栄のみ、喜びのみぢゃ。
神がよろこびぢゃから、その生んだもの皆よろこびであるぞ。
この道理よくわきまえよ。

毎日毎日、太陽と共に、太陽について起き上がれよ。
その日の仕事、与えられるぞ。
仕事いのちと仕えまつれよ。
朝寝するからチグハグとなるのぢゃ。
不運となるのぢゃ、仕事なくなるのぢゃ。
神について行くことが祈りであるぞ。よろこびであるぞ。

食物、食べ過ぎるから病になるのぢゃ。不運となるのぢゃ。
口から出るもの、入るもの気つけよ。戦起るのぢゃ。
人間の病や、戦ばかりでない、国は国の、世界は世界の、
山も川も海も、みな病となり、不運となってくるぞ。
食べないで死ぬことないぞ。食べるから死ぬのぢゃぞ。

一椀をとって先づ神に供えよ。
親に捧げよ。子に捧げよ。
腹八分の二分は捧げよ。

食物こそは神から、親から与えられたものであるぞ。
神に捧げずにむさぶるからメグリ積むのぢゃ。
メグリが不運となり、病となるのぢゃぞ。
運ひらくのも食物慎めばよい。
言慎めばよい。

腹十分食べてはこぼれる。運はつまってひらけん。
このわかりきったこと、何故にわからんのぢゃ。

捧げるからこそ頂けるのぢゃ。
頂けたら捧げると今の人民申しているが、
それが裏腹と申すもの。

衣類も家も土地も、みな神から頂いたのでないぞ。
預けられているのであるぞ。
人民に与えられているものは食物だけぢゃ。
日の恵み、月の恵み、地の恵みだけぢゃぞ。
その食物節してこそ、捧げてこそ、
運ひらけるのぢゃ。病治るのぢゃ。

人民ひぼしにはならん。心配無用。
食物、今の半分で足りると申してあろうが。
遠くて近いものヒフミの食べ方して見なされよ。
運ひらけ、病治って嬉し嬉しと輝くぞ。

そんなことくらいで、
病治ったり、運ひらけるくらいなら、
人民はこんなに苦しまんと申すが、
それが理屈と申すもの。理屈悪と申してあるもの。
低い学に囚われた盲、聾と申すものぞ。

理屈捨てよ。捨ててやって見なされ。
みなみな気つかん道、気つかん病になっているぞ。

憑きものがたらふく食べていることに気づかんのか。
食物節すれば憑きもの改心するぞ。

先づ百日を目当てに、百日過ぎたら一年を、
三年続けたら開運間違いなし。
病もなくなって嬉し嬉しとなるぞ。
三年目、五年目、七年目ぞ、めでたいナア、めでたいナア。

六月九日、ひつくの神。

歩くコトにせよ、食べるコトにせよ、
僕たち現代人は、大きな間違い中にいるようです。

周囲全てが間違っているため、
自分の間違いにさえ、気付けないのです。

気付きましょう。
そして、正しましょう。

そして、嬉し嬉しと輝きましょう。