大切な相棒…

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

このところ、このブログの更新が、
出来ない日が多くなっています。

こんな中途半端な状態は、
僕史上、初の出来事です。

ネタが尽きた…とか、
書きたくない…とかじゃなく、

何か、違う種類のブロックを感じたので、
あらためてカードリーディングをしてみました。

TheWorld

 おめでとう!
 あなたは、よくやりました。
 これまで関わって来たこの状況が、
 良い結果となって終わりました。
 新しいコトに取り掛かるときが、
 ついに来たようです。

ミカエルさん、有難うございます。

思えば、先妻が入院を始めた、
2011年末が、このブログのスタートでした。

何かを吹っ切るために、
何かを忘れるために始めたような、
そんな記憶もあります。

はっきり、覚えてません(笑)

ただ、言えるのは、
毎日毎日更新するコトで、

自分を追い込んでいたのは確かです。

2016年を迎え、
僕は自由を楽しめる人間に成長しました。

これからは、
書きたい時にブログを書きます。

これこそが、天使の言った、
「新しいコト」なのでしょう。

このブログは、僕にとって、
大切な相棒のような存在です。

僕が寝ている時も、
僕に代わって僕の意見を世界に発信してくれている、
素晴らしいパートナーですから、

ブログを止める…なんて選択肢はありません。

母親のスパルタ教育のせいで、
文章を書くコトは大好きですから、

更新のペースは、
これまでと、大して変わらないかもしれないけど、

何だか気持ちが、楽になりました。

これからも、僕共々、
当ブログをご愛顧下さいますよう、
宜しくお願いいたします。

僕の暮らした町…

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

Facebook上のタイムラインで、福島の映像をみつけ、
普段は、こうした動画は観ないようにしているのですが、
今朝に限っては、真剣に向き合っていました。

1989年からの10年間、
僕はこの動画の地域で暮らしていました。

映像の写る景色は、見覚えのあるモノばかりです。

原発の安全性を、完全に信じ切って、
父親の会社の社員全員と埼玉から移住し、
この地での新しい日常を楽しんでいました。

真冬に、前年収穫した米藁を使って、
大人が10人くらい入るコトのできる小屋を作り、

その中で酒を飲む、地元の習慣が好きでした。

その藁小屋は、翌朝には火が点けられ、
子供たちは、その大火で餅を焼いて食べました。

埋葬は、相変わらず土葬で、
墓に穴を掘る作業は、親族ではない他人の仕事でした。

掘りはじめる前に、感覚を麻痺させるため、
沢山のお酒を飲めと言われ、
泥酔状態で墓穴を掘りました。

夜空には、天の川を仰ぐことさえでき、
その美しさは、この世のモノとは思えませんでした。

僕と家族の暮らす家に隣立する巨木は、
夏は蛍の光でライトアップされ、
その淡い緑の光は、疲れた心身を癒してくれました。

この地を離れた12年後、
人災という名の震災が起こり、

僕の暮らした家も津波に襲われ、
僕が通った工業団地は、
冷却水を運ぶためのヘリポートと化しました。

その日、沖縄にいて、
母親の看護をしていた僕には、
何の物理的被害もありませんでしたが、

この最後の3次元人生を通じて、
縦社会の清算を誓うための、

それは重大な出来事となりました。

当たり前が、実は当たり前ではなく、
常識が、実は常識ではない、この矛盾だらけの世界を、

全生命が安心して暮らせる大調和の世界になど、
シフトさせるコトが、出来るワケは無いでしょうか?

少なくとも僕は、出来ると信じて、
今日も生きています。

神様に頂戴した、別枠の30年間は、
きっと、これを自分の目で確認するための、

飛びっきりの奇蹟だったのだと、僕は確信しています。

待つ、楽しさ…

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

花療法(フラワーレメディ)を開発した、
エドワード・バッチは、とても短気な人だったようで、

彼に関する様々な逸話の中で、
色々なカタチで、その性格に触れるコトができます。

そんな彼が、最初に製薬した「インパチェンス」は、
自分のために作ったレメディとして有名で、

それは、短気で、せっかちで、
待てない人のためのレメディなのですが、

かつての僕も、彼に負けないくらい、
短気で、せっかちで、待てない人間でしたので(笑)

ご覧のインパチェンスのレメディは、
僕の傍から、常に離れずに在り続けました。

写真のこのボトルは、

使い終えたストックボトル(調合用の原液)の空き瓶を、
インパチェンスを服用するための、
自分専用のドースボトルとして、使い続けているモノです。

インパチェンス

インパチェンスという植物は、
その日本名はホウセンカですが、

僕らの知る、日本のホウセンカとは、
姿もカタチも、そして大きささえも、全く異なります。

種の入った鞘(さや)が裂け、
中の種が、四方に飛び散る様が、

まるで、辛抱できない(=インパチェンス)人のように見えたため、
こんな不本意な名前が、植物名として定着してしまいました。

残念ながら、エドワード・バッチは、
木星期中盤に亡くなったため、

人生の総決算となる土星期を、
楽しむコトができなかったワケですが、

僕が今日、この場で何を言いたいかと申しますと、
自他共に認めるインパチェンス・タイプの僕だったけれど、

土星期を迎えて、すっかり落ち着いてしまった!
…という点を強調したいのです。

つまり、今日の表題にある通り、
待つ、楽しさ…を、知ってしまいました(笑)

短気で、せっかちで、待てないインパチェンス・タイプは、
気が付くと、周囲に誰もいません。

ですが、そんな自分の人生に、半世紀以上費やすと、

待つコトに対して、
別の側面を見出す余裕が生まれるようなのです。

つまり、「待つ」という状態は、

自分は一人では無いという、
素晴らしい背景と共にあるコトを意味しています。

誰か、あるいは何かと、同調しているからであって、
言い替えるなら、少なくともその瞬間は、

何等かの孤立していない状態である!…というコトなのです。

逆に、待てない状態とは、

周囲に合わせられない…というだけでなく、
それによって、一方的に独り善がりな合理性を求め、

そうした結果として訪れる孤立に対しても、
なかば甘んじて受け容れてしまっているのですが、

待つ…というシチュエーションに恵まれたとき、

誰かと、あるいは何かと、
それは、何等かのタイミングを共有しているのだ!

…という事実に気付けると、

過去に散々味わったはずの孤立や、
それと引き替えに手に入れた達成感さえも、

単なる味気無いプロセスとゴールにしか、
見えなくなってしまったのです。

レストランで、誰かがメニューを決められずにいる、

そんな時、今の僕は、
周囲の人間観察を楽しみながら、

食事のお相手の気の済むまで、
何時まででも待つコトができます。

道路で交通渋滞に遭遇しても、
合流する車両に、道を譲る余裕もありますし、

誰かが約束に送れても、その遅れた理由の中に、
神様のユーモアを見つけるコトもできます。

待つ…という、その行為を通じて、
タイミングを共有している誰か、あるいは何かと、

さらなる高みを、
目指せる気がしてならないのです。

だから、短気ではないし、せっかちでもないし、
待てる人間になっているのですが、

このインパチェンスを、使い続けています。

トゥエルブ・ヒーラーズは、
例外なく同じ傾向があるようなのですが、

それは、「自らの個性」という名の3次元表現を通じて、
外宇宙と繋がるための、最強のツールなのではないでしょうか。

エドワード・バッチが、
花療法の神髄となる太陽法を発見した1930年、

冥王星が発見されたという事実も、
そうした奇蹟を裏付けるモノだと、

僕は信じて疑いません。

無発酵の雑穀パン…米粉バージョン

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

過去に何回かお披露目した、
無発酵の雑穀パンを、

今回は、米粉ベースで作ってみました。

冷めても美味しいので、
お弁当代りにも利用できます。

以下の材料は、2~3人前です。

・雑穀(今回は、国産もちきびを使用) …100g
・上新粉(米粉) …200g
・ベーキングパウダー …小さじ3
・天然塩 …小さじ1弱
・菜種サラダ油 …大さじ1
・水 …カップ1

もちきびなどの雑穀は、
家庭用製粉機で粉状にしてからボウルに移し、

これに米粉、ベーキングパウダー、そして天然塩を混ぜ、
粉だけの状態で、良く撹拌しておきます。

粉が均一に混ざったところへ、水と油脂を入れ、
全体を丸めた際に、表面に艶が出るまで良く混ぜます。

米粉は、小麦粉以上に湿度に敏感ですので、

水を加える際は、写真のような状態になるよう、
量を加減する必要があります。

生地に艶を出す

こんな感じ(↑)になれば、準備OKです。

電気オーブンを200度に温め、
余熱が完了するまでに、クッキングシートの上に平らに伸ばし、
※厚さは、1.5センチくらい

焼き上がった後、ちぎりやすいよう切れ込みを入れ、
さらに均一な焼き上がりのために、
フォークの先で穴を開けておきます。

そして、15分焼けば完成です。

無発酵の雑穀米粉パン

米粉が主体なので、見た目が真っ白ですが、
風味良く焼き上がります。

色を付けたい場合は、ターメリックをお勧めします。

食べた感じは、コーンブレッドのようで、
香ばしさと適度な塩加減の、
親しみやすい雑穀パンが出来上がります。

発酵はしませんので、粗熱を取って個包装までしても、
一時間あれば、お釣りの来る手軽さです。

生地を焼いている間に、
副食のサラダやハーブティーなどを準備すれば、
お弁当として完璧ですよね。

決断とは…、

決断とは、
自分自身に対する審判(ジャッジ)ではない。

それは、自分が「何者」かを映し出す、
最善、かつ最良のチャンス。

決めるから、前進できる。

もし、今、決められないのであれば、

「今は、決めない!」と、
決めるコトも、立派な決断。

時空

自分が「何者」であるかを、
知りたいのであれば、

もしくは、自分を定義するための、
そんな決め手が欲しいなら、

自分では無いモノと、向き合う必要がある。

物質的生命の目的は、
いつも、相対性の上に成り立っているのだから。

だからこそ、自分では無いモノを、
受け容れ、そして愛そう。

そして、決断しよう。

忘酒のススメ…最終回+1

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

忘酒の連載投稿の最終回で、
この新習慣になって得られた変化を列挙しましたが、

もう一つあった、しかも大きな変化を、
うっかり見落としていました。

それは、体重の安定です。

体重
素材サイトの写真です(笑)

僕の身長は、173センチですが、

忘酒習慣を始める直前、つまり飲酒を楽しんだ最後の数ヶ月間は、
53キロを中心に、2~3キロの体重の振れ幅がありました。

この体重に対しての振れ幅ですので、
割合にして3.8~5.7%もの変動があったコトになります。

脱水性の高いアルコールの摂取によって、
身体の水分量変化が、日々大きかったからなのでしょう。

これが、忘酒習慣の定着した最近では、
51キロを中心に安定しており、変動は殆どありません。

昔の僕を知る人なら、ご存知ですが、

今から四半世紀前となる30代当時、
僕のピーク時体重は、88キロもありました(笑)

BMIで29.4ですから、完璧なメタボ体形です。

意を決した断食系ダイエットで、
標準体重の66キロまで、一年足らずでイッキに落とし、

50歳を境に、エコロジカルな生き方を誓って、
純菜食になりましたが、その影響による体重変動はなく、

2011年の年明けに、日月神示の研究と、
サトル・オステオパシィへの必要性から減食を開始し、
約半年を掛けて12キロ落とし、54キロになりました。

さらに、それまでのアバウトな一日一食から、
完全な一日一食に切り替えたのが昨年末で、

この流れで、53キロへと1キロ絞られ、

そのまま、先月上旬までは、上述の通り、
53キロを中心に、2~3キロの変動を繰り返す日々でした。

3週間前に、今回の忘酒生活へシフトしてから、
1週間程で、さらに2キロ落ちた後は、

心身の重さ、軽さは体感していても、
実際の体重には、変動の無い状態が続いています。

もし現在、真剣にダイエットを考えていらっしゃるのなら、

全体重の42%を削ぎ落とすコトが、
現実的に不可能ではなく、

加えて、実年齢マイナス30歳に返り咲けるという事実を、

ぜひ朗報として受け容れて頂き、
ご自身の身体で挑戦されてみて下さい。

目に見えて結果が出ますので、
その楽しさも、喜びも、計り知れません。

ゼロ磁場と北枕

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

磁場

昨晩、読書中の本をヒントに、
北枕で寝てみようと、急に思い立ちました。

丁度良いタイミングで、コンパスが目に留まったので、
北の方角を確認しようとしたところ、

なぜか、僕の認識していた方向と、
全く違う方角を、コンパスの針は指し示したのです。

ひかりあめを建てる際に、
方位的な情報を、頭の中に叩き込んでいましたので、

コンパスの示す方向が妙だと、
すぐに気付きました。

さらには、計測場所を色々変えてみたところ、
北を示す場所が、まちまちになるコトに気付きました。

コンパスの示した結果に、納得出来なかった僕は、
次に携帯電話のGPSでチェックしたのですが、

結果は同じです。

いわゆる、ココは、ゼロ磁場だったのです。

近隣のコスタビスタ沖縄(リゾートホテル)周辺が、
ゼロ磁場だとは聞いたコトがありましたが、

自分の住まいがそうだとは、思っていませんでした。

地球の南北を示す磁力線とは別に、
ローカルで強力な磁場の渦が、
このあたりには存在するようで、

だから自宅にいる時に限って、
瞑想中に不思議な体験をしたり、
2014年の3月には、猫がしゃべり出したりしたのかと、

妙に納得してしまいました。

そうなると、磁場を活かした北枕による癒しにも、
大きな期待が持てるのではと直感し、

磁石は役に立たなかったので、
地図を使って北方向を特定し、

布団の向きを調整して、就寝してみたのです。

ちなみに、北枕にする以前の布団は、
南西方向に枕がありました。

忘酒生活にシフトしてから、
布団に入ったら、すぐに寝入ってしまえていたのですが、

昨晩の北枕による入眠は、殊の外スムーズで、
しかも、かなり深い眠りに入った時点で、

あるコトに気付いて目が覚めたのです。

先月の19日のライブ演奏で、
僕は、右手親指の第一関節を傷めており、

その時のキズが癒えぬままに、
かれこれ一カ月近く、痛みを引き摺っていました。

その患部が、独特の反応をし始めたのです。

オステオパシィで言うところの、
生態電気反応でした。

かつての、リンパに関する連載投稿の、
その最終話でもお話ししましたが、

仰向けに寝て、腹式呼吸をするだけで、
リンパは流れ出し、必要な修復が始まるように、
僕たちの身体は出来ているのですが、

この身体修復を、さらに効果的にする方法が、
昨晩体感するコトになった「北枕」のようです。

かつて、死者を北枕で寝かせると、
蘇生するコトがあったと言われており、

そこから派生した「死者=北枕」のイメージが、
僕たちの生活から、北枕の習慣を遠ざけていますが、

死者が蘇生するくらい、
地球の磁場が味方するのですから、

北枕を活用しないコトの方が、
余程勿体無いのではないでしょうか。

ちなみに、北枕の状態で、

男性の右1.1メートルのところに、
女性が横たわると、

両者の丁度中央となる部分に、
圧の強力な磁場エネルギーが出来るそうです。

理解あるパートナーに恵まれている方は、
ぜひ、お試し下さい(笑)

柿渋で木製食器を染める

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

先週のメルマガでお伝えした話題ですが、
ブログ読者の皆さんにも、お届けするコトにいたしました。

料理の好きな僕にとって、
食器も、また特別な存在です。

ご存知の通り、食器の素材も色々あって、

沖縄の地元の焼き物、特に関谷秀男さんの作品は、
僕的には大のお気に入りなのですが、

そうした、完成された食器ではなく、
自分で仕上げるコトのできる木製食器も、

一緒に成長できる生活雑貨として、
僕にとっては、無くてはならぬモノです。

木製食器と言えば、日本人なら漆器を思い浮かべますが、
一個人が漆塗りに手を出せるワケはありません。

今日の話題として取り上げるのは、
東南アジアなどで作られる、
ブナやアカシアの木を削り出して作られた器です。

幹の中央部の濃い茶色から、
周辺部の白色へと、濃淡ある木柄が、

器ごとに異なる表情を、
見せてくれるところが大好きです。

加工性、耐衝撃に優れ、
特にアカシアは、成長の速い早成樹であり、

環境に優しい工業製品のひとつとして、
広く知られる存在になっています。

それらの木材を食器にするための削り出しには、
相当な技術が必要とされるそうですが、

そうした背景を、感じさせぬくらい、
日本市場では手頃な価格で出回っています。

良い例が、100円均一ショップで、
つい先日も、ブナ材の木製デザートスプーンを、
2本入りで100円で入手しました。

原価の安い間伐材や建築廃材などから、
削り出された商品なのでしょうが、

僕の愛する、木の「温もり」は健在です。

そして、購入したそれらを、
そのまま使わないのが、僕流でもあります。

東南アジアの職人さんたちが、
匠の技で削り出した食器たちを、

僕が、魂を込めて仕上げるワケです。

240番の紙やすり、拭き取りに使う清潔な布地、
そして、柿渋塗料と亜麻仁油を用意し、

全工程に3日間という、気の長い作業を楽しむのです(笑)

今回、購入した柿渋は、こちらでした。

価格も手頃で、相当な回数の塗りが出来ます。

この天然塗料の柿渋は、

名前のとおり、渋柿から絞り出された、
柿タンニンを主成分とした液体を発酵させたモノですが、

日本の伝統的な柿渋は、発酵臭が強烈で、
家庭で気軽に使うには、相当の勇気が必要です。

最近では濾過精製技術が進んだおかげで、
酢酸系の揮発性有機物を除去した、

無臭で、タンニン成分の濃い柿渋液が主流となりました。

そんな柿渋ですが、
例えば、布生地を染めるのであれば、
前処理さえ良ければ、一日も掛かりません。

ですが、木製食器への塗装となると、
前述の通り、時間も手間も掛かる大仕事になります。

食器の表面を、240番の紙ヤスリで丁寧に磨き、
素地を綺麗に調整したら、

刷毛を木目に沿って一定方向に動かし、
柿渋を薄く塗って行きます。
※水性塗料用の刷毛を使います。

清潔な布地を用意して、

塗装の工程で、表面に付着した細かい気泡や、
塗りムラを均一にするため、
食器全体を拭いてやります。

こうして、一度目の着色が終わるのですが、
塗っても拭き取りますので、淡く色付く程度です。

ここまで終えたら、刷毛を綺麗に水洗いし、
塗った食器は、日陰に数時間放置します。

数時間後、二度目の塗り工程を行い、
一度目に使った布地を使って、気泡やムラを拭き取り、
当然、刷毛も綺麗に水で洗って…、

また数時間後に、三度目の塗り工程を行い、
またまた布地で拭き取って、刷毛も洗って…、

これを、5回以上繰り返します(笑)

辛抱強く取り組むのではなく、
職人になったつもりで、まったり!と向き合います。

そして最後の塗りを終えたら、24時間掛けて自然乾燥させ、
仕上げに、亜麻仁油を食器表面に薄く塗り込んで、

さらに半日乾燥させれば、
やっと、食器として使えるようになります。

柿渋で食器を染める

こうして出来上がった木製の食器は、
世界で二つとない風合いを醸し出してくれますので、

その上に載せる料理にも、
ついつい力が入ってしまうワケです(笑)

たまには、こうして、

家族で使う食器たちを、ご自身の手で仕上げるコトに、
全身全霊を投じてみるのは、如何でしょうか。

30年/忘酒のススメ…番外編

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます

昨日で完結したはずの連載ですが、
番外編をお届けします。

テーマとなる「忘酒」とは、直接関係無いのですが、
深く関連する内容ですので、

読者の貴方にとって、何かのヒントになればと思い、
投稿するコトにいたしました。

その不思議な瞑想体験は、
2011年の僕の誕生日の朝に起こりました。

先妻の精神科への入退院が始まったのが同年6月で、
9月末の僕の誕生日前後には、

仕事と家事、そして、
彼女の入院先への往復の毎日に疲弊した僕は、
ある意味で絶望しかけていました。

自分としては、メンタルを癒す自然療法として、
最大限に信用していた、

生業でもあった花療法(フラワーレメディ)と共にあった、
僕や彼女であったのにも関わらず、

先妻は、心の病に侵されて、
あろうことか、入院まで余儀なくされたのですから、

そのショックは、想像して頂けるでしょう。

同じ日前後の話題として、
指輪の話しを、以前投稿していますが、

その投稿でも、書きました通り、

ホームページや当ブログ、そして、
Twitter、Facebook、さらにはSkypeのアカウントに使用中の、
こちらのプロフィール写真(↓)は、

ysk

その誕生日当日の午前中、
つまり、後述する不思議な体験の数時間後に、

当時使っていたiPhone4で自撮りした写真で、

絶対にこの壁を乗り越えてみせる!という、
覚悟を込めて撮影したモノです。

モノクロになっているのは、
その日の顔色が悪かったからです(笑)

…で、その日の朝に、何があったか…なのですが、

未明の瞑想中に、
1500年前の前世の僕が登場したのです。

彼は、錬金術師でした。

僕が、過去52000年分の記憶と出会ったのは、
その3年後ですので、

そうした予備知識ゼロだった、この日の僕は、
ただ、ただ、呆気にとられたのですが、

(前世の僕)の来た目的こそが、
今日の番外編の扉を開けるコトになります。

彼、いわく…、

 神様に頼まれた。
 おまえ(つまり、現世の僕)を30歳若くする。

その日、満52歳になったばかり僕を、
22歳にすると言って、彼は消えたのです。

妙なビジョンを観たモノだ…くらいにしか思えず、
そのまま、一カ月程過ごしたのですが、

ある朝、入浴前に体組成計で計測すると、
自分の身体年齢が、妙に若いコトに気付きました。

以前から、十歳前後若い身体年齢で、
そうした事実に、少なからず喜んでいましたが、

その日の体組成計は、マイナス18歳を示したのです。

そして、それからも、
身体年齢は若くなり続けました。

その2年前から、純菜食生活になっていましたが、
食生活の効果の表れとしては、
あまりにも時定数が長過ぎます。

1500年前の僕が、30歳若くする…と言った意味は、
こんなカタチだったんだと、妙に納得していたのですが、

その若年化は、3年後にマイナス25歳で止まり、
同年の年末には、離婚ストレスで酒量が増え、
マイナス23歳に戻っていました。

そして2年後、今年を迎え、3月23日の未明、
動物たちの遠隔治療をする前の準備瞑想中に、

(1500年前の僕)が、再登場したのです。

 神様の計画は完璧だ。
 それなのに、おまえの若年化が止まったのは、
 その理由は、おまえが知っているはずだ。

すぐに、飲酒習慣のコトだと、判りました。

地球の成長をサポートするために、
自然則に沿った生き方を心掛けていた僕でしたが、

唯一出来ていなかった、その飲酒習慣こそが、
僕の若年化を止めていると悟ったのです。

また、今回の連載3日目でも触れたとおり、
時を同じくして、騒がしさの増した、
宇宙の波動を感じていたコトも手伝って、

今回の忘酒習慣を、スタートさせる決意をしました。

以前から、自分の飲酒に関するモチベーションなどは、
充分の研究していましたので、

実践を開始するキッカケが、僕には必要だったのでしょう。

そして、昨日の朝、神様の計画通り、
身体年齢はマイナス30歳を記録したのです。

…で、ポイントは、
この「30」という年数であり、時間の規模です。

数字としての「30」については、
自分の誕生日も30日なので、昔から慣れ親しんでいました。

ですが、30年…となると話しは別で、

この時間の規模は、土星の公転周期であり、
ホロスコープ上の太陽が、
黄道十二宮の星座を、ひとつ横切る時間に相当します。

西洋占星術に関わり出したのは、
その不思議な瞑想体験の3年後となる、
2014年の誕生日直後でしたし、

その瞑想体験直後も含めて、しばらくの間は、
30年の意味など、理解できるはずもありませんでした。

そして、昨年の誕生日、僕はいよいよ土星期を迎えました。

56歳から始まる土星期の15年間は、
一般的には、人生のまとめ時期と言われています。

それまでの人生における、数々の経験を踏まえて、
今世のまとめをする15年間が、始まったのですが、

年が明けて、今年の2月12日のカード・リーディングで、

モーゼのカード

あろうコトか僕は、
モーゼのカードを手にして、困惑していました。

 現状の主導権を握りなさい!

それは、僕の土星期を完全に無視した、
最後の大仕事を予感させるカードでした。

ですが、その2か月後に、30年の若年化が本当に起こり、
これをホロスコープに置き替えるなら、

実年齢は土星期(56歳)なのに、
身体年齢が太陽期を迎えたコト(26歳)になるのです。

太陽は、公の場で生きて行く上での、目的や目標に関係し、

月が「自然体の私」なら、
太陽は「努力して向かおうとする私」です。

これは、ホロスコープ上で太陽が示す方向へ向かって、
成長するべきコトを示唆しており、
持って生まれた才能ではありません。

実は…、

今から30年前、リアルな太陽期を迎えた頃の僕は、
全くと言って良い程、
自らの太陽星座の天秤座らしい生き方とは無縁でした。

天秤の象徴する、社交性は皆無だったし、
他者との調和とは、無関係な生き方に甘んじていました。

仕事が忙し過ぎたのもありますが、
何でも一人で解決しようとしていました。

…と、同時に、

プライベートに大きな問題を抱えていたため、
その解決のために奔走し、30代の記憶が殆ど無いのです。

今回、現実のモノとなった30年の若年化は、
僕に、もう一度太陽期、火星期、
そして木星期さえも経験させてくれると同時に、

最後の大仕事…、
ミロク世に向けた世の建て直しのために、

神様から頂いた、
自身本来の人生とは別枠の30年間であって、

今の僕は、そのためにであれば、
この奇蹟を、喜んで活かしたい!、
捧げたい!という気持ちで、満ちています。

あの不思議な瞑想体験からの5年間、
色々なコトが重なりましたが、

今やっと、一つに繋がり、

自分の使命に対して、限りなく忠実に生きるコトが、
可能になった気がするのです。

忘酒のススメ…最終回

ひかりあめのゆうすけです。
当ブログへのご訪問、有難うございます。

連載の最終回となる今日は、
忘酒生活で、何を得たかについてお話しします。

忘酒のススメ♡

ひかりあめのホームページには、
「宇宙と調和し真の健康を得るためのメール講座」への、
お申込みリンクがあります。

ひかりあめ11周年を記念して、
昨年の10月22日に開設して以来、

今日までに、87名の方が受講されました。
有難うございました。

この講座では、

真の健康を得るための、
自然則に沿った生き方を、読者の皆さんに提案していますが、

そんな「真の健康」とは、3次元的な心身に留まらず、

多次元意識体としての自己を、3次元惑星地球において、
最良の状態にするための方法として、ここでは紹介しています。

取り上げている自然則は、A~Zまで26項目あり、
9日間かけて、その内容をメールでお届けするのですが、

出来るところから、生活様式をシフトして頂ければ、イイな、
…という願いが、この講座全体に込められています。

A・なぜ、現代医学や栄養学では、真の治療に至らないのか
B・生命は食べた物でできている
C・自然療法を効果的に活かすための前提
D・霊症は、霊能者や宗教では解決しない
E・動物性食品の摂取に関して
F・精白食品の摂取に関して
G・水分摂取に関して
H・添加物や保存料の摂取に関して
I・炭酸飲料について
J・加工食品の摂取に関して
K・野菜や果物の種子に関すること
L・喫煙について
M・飲酒について
N・脊椎を柔軟にする、日々の運動について
O・座位について
P・排毒の重要性
Q・主食を玄米に
R・朝食断食と少食の勧め
S・腸内環境を整える
T・抗酸化力の高い食品を摂取する
U・治癒力を高める食材を活用する
V・地産の食材を活用する
W・アレルギー体質の緩和のために
X・植物性オイルの選び方と使い方
Y・フラワーレメディが、生活スタイルのシフトを応援するワケ
Z・今を生き、人生を好転させるには

これらの内容の中で、飲酒に関する「M」の項目だけが、
僕に残った最後の課題でした。

ちなみに、この講座を執筆した時点では、
グルテンフリー生活は、視野に入っていませんでしたので、

実際に取り組んだ内容は、1つ多い、27項目に及びました。

その、26+1項目もある中で、わずか1項目でしたが、
中途半端な達成に終っていたのは、

半世紀も前から大好きだったお酒を、
止めたくない!手放したくない!…という思いが、

最後の最後まで、根強く残っていたタメだったのです。

ですが、逆に言うなら、
僅か1項目を残して達成していましたので、

1項目くらい残っている方が、
人間らしくてイイだろう…的に捉えてもいました。

元々、家の外で飲むコトや、
深酒は嫌っていましたので、

理性的な飲酒を、ある時期までは続けようとさえ、
思っていたのです。
※計画では、土星期折り返しとなる62歳まででした

ところが、連載のその3で、お伝えした気付きをキッカケに、
今回の忘酒生活がスタートし、

そして、まだ半月を越えたばかりなのですが、
あんなに大好きだったお酒のことを、

思い出すコトもないという、不思議な感覚の中で、
毎日楽しく生きている、僕がいるのです。

これが、巷に横行する「禁酒」や「断酒」の生活だったら、

つまり、自分を制御しようとする生活だったなら、
何かのストレスをきっかけに、
また、飲酒をはじめるコトになったでしょう。

こうした負の要因を、全く感じさせないのが、
忘酒生活の素晴らしい点です。

忘れる…とは、顕在意識から失うコトですが、
脳の機能として忘れるのではなくて、

他に、飲酒より格段に魅力的なコトがあるので、
飲酒という習慣を、忘れてしまっているワケです。

実は今日、記念すべきコトがありました。

これまでも…、
つまり、25項目を達成していた僕の身体は、

わが家の体組成計による計測では、
実年齢より23歳若い、33歳だったのですが、

今朝の計測では、何と実年齢より30歳も若い
26歳まで若年化していたのです。

ゴボウ茶ブームを作った南雲医師の記録を、
軽々と越えちゃいました(笑)

\(^o^)/

飲酒という行為は、
少量なら血流を促進するとも言いますが、

実際には、
「酔いを味わう」まで飲酒をすれば、

肝臓に負担をかけ、
血液内は酸欠状態に陥り、

身体の末端に、良い血液が届かなくなります。

ですから、皮膚や髪に、必ず影響が出ますし、
血流にも、何等かの問題が起こっているはずなのです。

そのため、

今回、忘酒生活に取り組んでみたところ、
驚くような変化が沢山起こったのです。

・血圧が20~30下がった

以前の最高血圧は、115から125の間でした。
今では、95~100の間に落ち着いています。

そのため、副交感神経優位な状態になりやすく、
好きな時に瞑想状態になったり、

遠隔治療やアストラル・トラベル、
そしてオステオパシィ施術にも有利な身体になりました。

・キズの治りが早い

先週の火曜日に、右手の親指を深く切ってしまったのですが、
4日目には、傷口が気にならぬ程に、蘇生していました。

・頭皮乾癬が消えた

3月に入ってすぐ、悪化した頭皮乾癬を癒すために、
髪をばっさり切って、頭皮の風通しを良くしたのですが、

ゆっくりとした改善は、見られたものの、
同月下旬に忘酒生活にシフトしてからはドンドン癒え、
今では確認するコトさえ困難です。

・肌のキメが細かくなった

特に顔面の皮膚を、手で触るのが楽しくて仕方ない程、
肌のキメが細かく、ピチピチになってしまいました(笑)

・身体年齢がマイナス30歳になった

これは、既に書いた通りなのですが、
体組成計によると、体脂肪数値に大きな減少がありました。

また、以下は身体の変化ではなく、生活の変化です。

生活レベルの変化は、一つだけですが、
その僅か一つが、大きな効果を産んでいます。

その変化とは、夕食後が有意義になった!というコトです。

以前は、夕食時に酒を飲んでいましたので、
食後には、酔いのレベルにもよりますが、

当然、ドライブなど出来るワケがありませんし、

大した酔いでなければ、
読書も楽しめるかもしれませんが、

酔った勢いで読んだ本で、何を学んだかは疑問です(笑)

忘酒生活にシフトしてからは、
思い立ったら、いつでもドライブは出来るし、

好きな本を、就寝まで読むコトも出来るし、

親しい友人と、チャットや電話でコミュニケーションをしても、
酔っていないので、真面な遣り取りが可能です(笑)

将来は、この時間帯で、
新しい著作を書くコトも出来そうです。

僕は、この忘酒生活によって、

マイナス30歳にも及ぶ身体的若年化の他に、
生活水準が格段に向上したため、

もはや、飲酒によって、
それらを失うなんて、考えたくもないのです。

無茶苦茶、健全な理由ですよね。

まさに、飲酒生活を忘れてしまったんです(笑)

今回の5回に渡る連載が、読者の貴方の若年化や、
生活水準の向上に貢献できれば幸いです。

ぜひ、貴方も、
忘れちゃって下さい(笑)